2008年8月 4日 (月)

NOCHE DE BODA(婚礼の夜)

519msj3jul  今、朝の9時半から夜の12時半まで、連日の15時間労働の最後の数分に独りぼっちの店内でかけて癒されている曲があります。

 スペインの不良オヤジロッカー、ホアキン・サビナ兄貴が、メキシコ(生まれたのは中米らしいが)の生きる伝説的なお婆ちゃん歌手、チャべーラ・バルガスさんとデュエットしている"NOCHE DE BODA"。

 チャべーラさんが酒で潰れたガラガラ声を振り絞って、思いっきりメキシコ風味ぷんぷんのスペイン語で、ホアキンに愛情たっぷりに語りかける(というか茶化してる)長い台詞で、始まり、やはり、酒と煙草で潰れた渋い声のホアキン兄貴の、お得意のつぶやくような歌が始まる。

「化粧が、君の笑みを隠さなければいいのに」「荷物が、君の翼に重しを付けなければいいのに」「暦が、そんなに急いで来なければいいのに」「辞書が弾丸を引き留めればいいのに」、、、以後、「角のバーが閉まらなければいいのに。」「全ての夜が、結婚式の夜だったらいいのに」といった他愛の無い願いから、「真実がそんなに複雑でなけれいいのに」「嘘が嘘らしく見えればいいのに」といった、社会を鋭く風刺したような願いまでが次々と唄われていく。

その中で、一番ぼくの胸を打つフレーズはこれ、 "que ser valiente no sea tan caro, que ser covarde no valga la pena"(勇敢になることがそんなに高くつかないように、臆病になることにそんなに意味がないように) 

メキシコ民謡「ランチェラ」の名歌手として一世を風靡しながら、その奔放な生活と酒のせいで長ーい療養期間を余儀なくされ、引退状態から、老境にさしかかってから奇跡的なカムバックを果たして新たな録音や映画出演などに大活躍しているチャべーラさん。

スペインの保守的な南部の町の警察署長の息子として生まれながら、専制政治に反逆し、銀行に火炎瓶を投げつけて、若くして亡命者となったホアキン兄貴。

 時代に流されず、自分の信念を貫いて、長年闘い続けてきた二人が唄うから、このフレーズが、より重みを持って聴こえるのでしょうね。

 ちょっと前に、「品格」という言葉が流行って、一つの本がバカ売れしたら、二匹目、3匹目のドジョウとばかりに、「~の品格」という本やテレビ番組が作られていましたが、そんな流行りの尻馬に乗って儲けさせてもらおうなんていう見え透いた思惑の、どこに「品格」があるのか。

 本当の「品格」というのは、長い辛い時代にも負けずに、世間に迎合せずに孤独に自分を貫き通した彼等にこそ相応しいのだと思います。そんな彼等(特にチャべーラさん)が、子供に還ったような無邪気さで、色々な願望を次々と唄っていくこの曲で、長い1日の終わりに癒されています。

| | コメント (0)

2007年11月 5日 (月)

カフェタクーバ最高!

 去る11月3日、品川のステラボールで行われたカフェタクーバのライブに行って来ました。 いやあ、彼等のライブは凄いと聞いていたし、2枚出しているライブ盤もとても良い出来なので、期待していたのですが、その予想を上回るような最高のライブでした。

 始まりこそ、ニューアルバムの1曲目の"Seguir siendo"で渋くきめてましたが、その後一気にヒートアップ、最初は白いスーツでかっこよく決めていたボーカルのルベンもTシャツ姿になって大暴れ、"La ingrata"や"El fin de inocencia"なんか超ノリノリで舞台の端から端まで駆け回ってましたね。また、ぼくの大好きな"Mediodía"をやってくれたのも嬉しかったなあ。この曲の歌詞の"Mira los niños juegan globos de qualquier color, mira la gente compran helados de cualquier sabor." (あの子供達を見てごらん、色んな色の風船で遊んでいるよ、あの人達を見てごらん、色んな味のアイスクリームを買っているよ。)というところが、チャプルテペック公園の土曜日の午後の平和な光景が思い浮かぶようで大好きなんですよね。そして、アンコールでやった、"El baile y salon"! この曲のコーラスのところは、ライブが始まる前から一部のお客さんが合唱していましたが、"La vida es un gran baile, y el mundo es su salon."(人生は大きなダンスパーティーみたいなもので、世界はその会場なんだ。)というところではやはり胸がキュンとなりましたね。

 とても感銘を受けたのは、彼等のお客さんを徹底して楽しませようという真摯な姿勢です。観客に日本風に深くお辞儀をしてこちらの文化に敬意を表したり、音楽だけで充分勝負出来る良いバンドなのに、演劇風の要素を取り入れていたり、メンバー横一列でアイドル風のダンスをしたり、トリのトサカの付いたマスクを被ってみたりと、大サービス。結成18年目のベテランでラテンアメリカではスタジアムを一杯にするほどの超人気バンドなのに、日本で彼等にしてみればすごく少ない観客相手でも手を抜かずに精一杯楽しませようとしてくれる。そういう点は、業種は違えど僕達も見習わなければ、と思いました。そういえば、"La ingrata"の間奏のところで、ルベンが「ガンバリマショウ!」と叫びましたが、あれは、後で考えれば、"Animate!"というこのイベントのタイトルを日本語に訳して言ってたんですね。その辺も主催者側に気を遣ってくれたようで、良い人達だなあ、と思いました。

 兎に角、カフェタクーバ、惚れ直しました。今まで生きて来て良かった、メキシコを好きでいて良かった、と元気と勇気をもらったライブでした。

| | コメント (0)

2007年3月26日 (月)

Homenaje a Beny More(ベニー・モレーに捧ぐ)

 最近のサルシータでヘビーローテーションになってるのが、最近、サルサの名門ファニアレコードからの復刻版で出た、マンボの王様ティト・プエンテが女王セリア・クルースを迎えて、キューバ大衆音楽最大の歌手ベニー・モレーに捧げたこの一枚です。

 ベニー・モレーは、43才の若さで他界しているので活動期間は短いのですが、自らのビッグバンド"Banda Gigante"を率いて,"El Barbaro del Ritmo"(リズムの驚異)と讃えられたほど、どんな歌でも自分流に男っぽく歌いこなし、革命後に多くのアーティストが国を離れてもキューバに残って歌い続けてキューバ国民にとって燦然と輝くアイドルでした。ちなみに、,"El Barbaro"は直訳すると野蛮人という意味で、「とんでもない奴」という賞賛と驚愕が入り交じった感じで付けられたニックネームですね。

 実は、彼、若い頃はメキシコで活躍していたことがありました。ソンの大御所バンド、トリオマタモロスと共にメキシコで公演して、バンドがキューバに帰った後もメキシコに残ってメキシコ人女性と結婚しています。やはり、メキシコで活躍していたマンボの創始者ペレス・プラードとレコードを吹き込んだり、映画にも出たりしたようです。やはり、当時から、メキシコはラテン芸能界の一大拠点だったのですね。

 さて、話題をこのティトとセリアのアルバムに戻すと、本当に最高です!ラテン音楽に馴染みの無い人にもお勧め出来ます。一曲目が始まった途端に体が軽くなるような感じ、煌びやかなビッグバンドのホーンセクションに、とろけるようなカウベルの響き、そして、すべてを包み込むような女王セリアの歌声。幅広いレパートリーを誇ったベニーに相応しく、一曲目はコロンビアの曲、2曲目はメキシコの、なんとランチェラの名曲を底抜けに明るくカバー、3,4曲目はプエルトリコの曲で、特に4曲目の大作曲家ペドロ・フローレスの名曲「ぺルドン」はベニーはメキシコの大歌手ペドロ・バルガスと貫禄あるデュエットを聴かせていましたが、ここではセリアがプエルトリコ出身で渋い通好みの歌手ピート・エル コンデ・ロドリゲスと迫真の競演。次の曲では当時、個人的なトラブルが重なって落ち込んでいたはずのエクトル・ラボーが、昔の悪ガキ時代を思い出したかのような、吹っ切れた元気良い歌声を聴かせてくれているのも嬉しい限りです。

 

 

| | コメント (0)

2007年1月 9日 (火)

世界で一番美しい歌

世界で一番美しい歌

                            ホアキン サビーナ

俺は持っていた。

穴の無いボタンと蚕、サーカスのピエロの靴の片方、

売りに出ていた魂を一つ、虫歯だらけのスペイン語のオリベッティ、

時刻に遅れた列車、アトレティコの証明書、グラスの底の顔を

償いの学校、コンパス、丸テーブル、一粒の胡桃、

相棒のあばら骨が欠けたアダムの咽喉仏、

糖尿病の自転車、積雲、巻き雲、成層圏

バルタサール王の駱駝、雄猫のいない雌猫

俺のアニーホール、俺のジョコンダ、俺のウエンディ、ファーストレディ達、

俺のカンティンフラス、俺のボラ ニエベ、俺の三銃士、

俺のティンティン、俺のヨーヨー、俺のアスレテ、タロットカードの七番目の盃

服を一枚も脱がさずに君を裸にした玄関のロビー

俺の隠れ家、俺の高いキー、俺の腕時計、

山高帽の中のアリババのランプ、

春が1秒も続くなんて思いもしなかった。

そして、俺は世界で一番美しい歌を書きたいと思った。

君達に、ろくでなしの俺の爺さんを紹介しよう。

それから、俺の独り身の女房と外国の軍隊から俺に名前をつけた名付け親を

俺の双子の兄、行商人の親分、唄うたいの甥っ子を持った海のシンドバッドを

あばずれの従姉妹のカルロッタと彼女のダックスフンドを

災厄から身を護るための俺の甲冑も

吹き出物だらけの小僧が夢で追いかける蝶々

夢の中でミロのビーナスを抱きしめたとき、彼女に腕が無いことに気付く

馬鹿らしい金儲けの話から自由になった俺は

白鳥の歌の学校で教鞭を取った。

シレーネのシモンと一緒にカルバリオ山に旅に出た。

アデリータがもし兵站隊長と出かけてしまったら、君はどうするんだい

希望が殆ど無くなって、白旗を掲げた  

もし俺の目が見えなくなったら、待ち人リストから探してくれ

死にかけの流れ者からラムを1瓶譲り受けたが

深い昏睡状態から戻るとき、あの戒めを忘れてしまった

今まで全く唄えずにいたのだが、、、

海の涎の歌、血管の中の稲妻の歌

泣くに値するときに流す涙の歌、

世界を放浪する者達の妊婦のように膨れ上がった落書き帳の1ページを

怒り狂った者どもの聖歌を書き記すインクの1滴を

そして、俺は世界で一番美しい歌を書きたかった。 

前にも書いた工藤美千子さんの「黄昏の詩人」という本の中に出てくる話で、堀口大學がこんなことを言っていたらしい。

 「詩を読んでいるうちに好きで好きでたまらない作品に出逢う。それを繰り返し読んでいるうち、自分の内部に欲情が湧いてくる。美女をわがものにしたいと男が思うのと同じ欲情だ。詩をわがものにするには、原作の着ているフランス語の着物を一度脱がせて、それに自分の言葉の着物を着せる。」

 さすが、「私の耳は貝のから、海の響きをなつかしむ。」などの名訳を残した大學らしい名言ではないですか?

そんな言葉に触発されて、ここ数年で何故かとても気に入って何度となく聴いている、スペインの不良オヤジ、ホアキン・サビーナの歌の歌詞を訳してみました。

相変わらず、よく解らないけど、すっきりした!

因みに、スペイン語のオリジナル歌詞はこちらです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年12月18日 (月)

ビクトル・ハラ

 ピノチェトの訃報を聞いてから、思い出したように、チリ出身の自作自演の歌手、ビクトル・ハラのCDを引っ張り出して聴いている。ハラという名前から、初めは日系の人なのかと思ったけど、そうではなかった。今年、盗作問題で話題になったイタリア人の画家の名前がハラさんだったから、実はイタリア系だったのかもしれない。

 それは、さておき、、、当時、ヌエバカンシオン(新しい歌)と呼ばれたプロテストソングを多く作り、歌い、チリの脆弱な社会主義政権を支持していた彼は、クーデターの際に他の多くの仲間と共に捕らえられ、サンチアゴのフットボールスタジオに拘留された。そこで、落ち込んでいる仲間達を励まそうと、制止を振り切ってギターを取り上げて歌いだしたため、、拷問されて殺されたらしい。享年34才だった。 この辺りのことは、五木寛之さんの小説「戒厳令の夜」にも書かれている。

 初めて、彼の曲を聴いたとき、その素朴なんだけど人の心を捕らえる歌声に魅了された。"TE RECUERDO AMANDA"「アマンダの想い出」というその曲は、青春期の女性のきらめくような美しさを映像的に切り取った歌だった。彼は歌いだす前は演出家として演劇をやっていたそうで、その才能が彼の書く詞には現れていた。激しいプロテストソングも歌ったが、"CUANDO VOY AL TRABAJO"「仕事への道すがら」とか"PEREGARIA A UN TRABAJADOR"「耕す者への祈り」など、彼の書く歌には庶民の生活に根ざした温かい視線がいつも感じられた。彼のそういう面が僕は好きです。

 そういえば、ちょっと前にアントニオ・バンデラス主演でハラの伝記的な映画を作るという計画があると何かの雑誌で読んだ気がしたけど、どうなったのだろうか?そうなれば、美形ではないが、意志の強さと人間的な暖かみが出ているマスクの彼のことがチェ・ゲバラのように有名になるのかな?と思ったのだけれど。そういえば、バンデラスは昔に、クーデターで倒されたサルバドール・アジェンデ大統領の姪の小説家イザベル・アジェンデの代表作「精霊の家」の映画に出ていましたね。

ビクトル・ハラについての詳しいサイト homepage2.nifty.com/akanotama/jara/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 5日 (日)

満月のトナーダ

奔流に逆らって飛ぶ紅の鷺  そんな風にお前の心は俺の心に恋をした。

満月が出ている。 月が欠けていく。

小僧、家からカービン銃を持って来い。 俺の雌鳥にちょっかいを出す、あの鷹の奴を仕留めてやる。

月が俺を見ている。しかし、俺の何処を見ているんだ。

俺はきれいな服を着ている。昨日の午後に洗った。

俺はきれいな服を着ている。昨日の午後に洗った。

満月が出ている。月が欠けていく。

1928年生まれのベネズエラの吟遊詩人シモン・ディアス作の名曲「満月のトナーダ」

トナーダとはベネズエラの平原地帯で生活している牧童たちが歌う民謡です。シモン・ディアスも牧童として生まれましたが、首都カラカスに出て来て音楽活動を始め、その傍ら、コメディアンやテレビやラジオのタレントとして(多分、現在も)活躍しているそうです。彼が作曲した"CABALLO VIEJO"(老いた馬)という曲は13ヶ国語で300人によってカバーされたという名曲です。(そのうち、最も有名なのが、ワールドミュージックの波に乗ってブレークしたジプシーキングスの出世作「バンボレオ」です。クレジットでは彼等の作品ということになっていましたが、、、)

 さて、この「満月のトナーダ」ですが、ブラジルの歌手カエターノ・ベローゾがラテンアメリカの名曲をカバーしたアルバム「粋な男」で歌い、それをスペインの映画監督ペドロ・アルモドバルが「私の秘密の花」という作品で使って有名になりました。

 「奔流に逆らう紅の鷺」のように恋をしたというのは、運命に逆らうような道を外れた恋ということでしょうか。そして、男の、その相手に応じてしまおうという危ない衝動に突き動かされる心を鷹に喩えて、それを銃で撃ち殺してしまおうと歌っているのでしょう。この場合、ちょっかいを出されている雌鳥に喩えられているのは平穏にいこうとする男の心です。二つの相反する心、月は全てを等しく照らしているはずなのに、動揺している男は、「月が自分を見ている」と感じてしまう。「俺はきれいな服を着ている。」と繰り返しているのは自分は疾しいことはしていないと過剰に反応しているのでしょう。「月が欠けていく。」というところで、時間の経過を表現して、それに伴う男の心の動きを感じさせる。限られた自然の描写で、いろいろなことを想像させる、優れた俳句の世界にも通じる詩です。

 この曲で印象に残っているのは、カエターノ・ベローゾの「粋な男」ツアーの来日公演です。古代アメリカの先住民達の暮らしぶりを描いたメキシコの偉大な画家ディエゴ・リベラの壁画をバックに行われたこのコンサートで、アンコールで出てきたカエターノが舞台の袖で、月の光のようなスポットライトに照らされてアカペラで歌ったのがこの曲でした。あれは素晴らしかったなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 9日 (月)

トゥクマンの月

 夜は物を想う時間だからだろうか。月を題材にした歌がラテン音楽にはたくさんある。

 その中で極め付きの名曲と言えば、アルゼンチンのフォルクローレの巨匠,アタウアルパ・ユパンキの「トゥクマンの月」。ユパンキの曲は皆そうだが、余計な伴奏は一切無く、この曲も彼のギターと低い歌声のみ。アンデスの大地を、夜、旅することが多かった吟遊詩人であった彼には、月はかけがえの無い友であった。だから歌う。「ただ照らしてくれているから、お前に歌うんじゃない、月よ、お前は私の長い道のりを知ってくれているから歌うんだ。」大地に沈む月がユパンキにはこう見えた。「希望に満ちてだったか、悲しみに打ちひしがれてだったか、アチェラルの野を行った時、とうきび畑に口づけしている優しい月を見た。」そして月に自分の運命を重ねる。「お前と私はどこか似ている。月よ、お前はその光で人を照らす。私は私の歌で人の心を照らす。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

チャベーラ・バルガス

 一昨日書いたリラ・ダウンズと共に映画「フリーダ」に出て歌っていた大ベテラン女性歌手、チャベーラ・バルガスが長いブランクの後、70才代にして94年にスペインで復活して出したアルバム”VOLVER VOLVER"を久々に聴いてみて、その凄さに圧倒された。多彩なアレンジと声のトーンで聴かせるリラのがカラフルな水彩画だとしたら、伴奏はギターのみで声は低いしわがれ声だけのチャベーラは、さしずめ水墨画か。一見(1聴)とても地味だが、よーく見ると(聴くと)そのモノトーンの世界の中に実にさまざまな色が潜んでいて、とても奥深い世界に連れて行ってくれる。まさに傑作!

 チャベーラ・バルガスは1919年頃、中米のコスタリカ(グアテマラという説もあった)生まれ、17才頃、メキシコシティに出てきて、あのフリーダ・カーロと親交を持ち、彼女の「青い家」に住んでいたこともあるという。破天荒な生活もフリーダ並みだったらしい。50年代頃から歌手として人気が出て、唯一無二の個性で数々の名昌を残すもテキーラの飲み過ぎで体を壊し、80年頃から長期の療養生活を余儀なくされる。

 そして、94年にスペインで復活して出したのが、この"VOLVER VOLVER"だったわけです。その後、彼女を賞賛する映画監督ペドロ・アルモドバルがサントラ盤に彼女を起用したり、ホアキン・サビーナやアナ・ベレンといったスペインのスター歌手が彼女とデュエットを録音したりして、再び人気に火が付き、映画「フリーダ」にも出演となったわけです。ぼくの大好きなメキシコのロックバンド、カフェ タクーバも彼女に捧げる歌を作っています。

 表題曲の"VOLVER VOLVER"やホセ・アルフレッド・ヒメネスの"EN EL ULTIMO TRAGO"といった名曲の他に、リラ・ダウンズの新作に入っていた、やはりヒメネスの曲"LA NOCHE DE MI MAL"もチャベーラのこのアルバムに入ってますが、凄い迫力と渋さです。リラじゃなくても裸足で逃げ出したくなるんじゃないかというくらいの。ところで、リラのアルバムの歌詞カードで、この曲のとんでもない誤訳を発見!恋人に去られた男(女)の悲しい独白のような歌ですが、”Si yo te hubiera dicho "no medejes",mi propio corazon se iba a reir.”(もし私があなたに行かないでと言っていたら、私のこの心が(私自身を)笑っていただろう)のところの最後のキメの部分の英語訳が”My own heart would have died”になっていました。「死んでいただろう」じゃないでしょう!ここを間違ったらせっかくのヒメネスさんのラテンの美学が生きないんですよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

モレを作る歌

メキシコの女性シンガー、リラ・ダウンズの最新作"CANTINA"(酒場)の一曲目に"LA CUMBIA DEL MOLE"(モレのクンビア)という曲が入っていました。モレは、あのメキシコを代表する料理のこと。クンビアは、コロンビア発祥だけどメキシコでとても人気のあるミドルテンポの踊れるリズム。聴いてみると「オアハカではコーヒーと一緒にメスカル(地酒)を飲むんだって、ハーブが悪い運を追っ払ってくれるんだって、私はソレダが作ってくれるモレが好きなの。」と始まって、「ピーナッツをすり潰して、パンをすり潰して、アーモンド、唐辛子、シナモンにチョコラテ、、、」とモレを作る行程(といっても色んな材料をひたすらすり潰している、といった内容ですが、、、ちなみにスペイン語ですり潰すことを"molir"と言いますが、これは元来メキシコの先住民の言葉ですり潰されて出来たソースの意味の「モレ」から由来しているそうです。)が歌になっています。ちなみに、「ソレダ」というのは「孤独」を意味する言葉ですが、女の人の名前にもなります。そしてここで歌われているオアハカの守護神の名前でもあります。今日、お店でモレを作りながら聴いていると妙にはまってしまいました。料理の作り方を歌にしたのは、ブラジルのバイーア地方の長老ドリバル・カイミの作った歌でバイーアの黒人の郷土料理”バタパー”を題にした名曲がありましたが、それに匹敵する良い出来かも知れません。

リラ・ダウンズはアメリカ人の大学教授の父とメキシコはオアハカ地方のミステカ族のインディヘナの母を持つ人で、これまで、メキシコの古典的な曲を現代的な感覚でアプローチしたり、社会的なメッセージを持つオリジナル曲を発表しています。歌唱力があって、バックの演奏も良いです。よく、店で彼女の音楽をかけているのですが、特に音楽に造詣の深いお客さんから「これ、いいね、誰が歌っているの?」と聞かれることが多いです。ただ、チャベーラ・バルガスやアナ・ガブリエルなどの泥臭い音楽が好きなぼくには、彼女はちょっと才気走り過ぎている感じがして、今ひとつのめり込めなかった、と言うのが正直なところです。

 でも、今回のアルバムは、あのランチェラの大御所ホセ・アルフレッド・ヒメネスの曲が4曲入っているのをはじめ、まさにメキシコの大衆酒場を思い出させるような土臭い雰囲気が漂っていてかなり好きですね。ゲスト参加しているテックスメックス音楽の重鎮フラーコ・ヒメネスのアコーディオンもいい味だしてます。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年9月22日 (金)

SAIGENJI

ラテン音楽ばかり聴いていて、日本の音楽に疎いぼくですが、仕込み中とかに、ラジオを聴いていて、いいな、と思う人が何人かいます。そのうちの1人、SAIGENJIが昨日ラジオの番組に出ていて話をしていたけど、爽やかな感じの好青年ですね。

 彼の音楽の原点は中南米のフォルクローレにあるらしい。そこからブラジル音楽にどっぷり浸かってそこから更に広がっていったそうだ。気負いが無く、自然体でギターを抱えてどこでも歌っちゃいそうなところとか、かなり、ラテンのノリですね。スキャットとかファルセットとかソフトなファンクさとか、ちょっとジルベルト・ジルみたい。(古いか?)

 ニューアルバムは、ブラジルの気鋭、カシンのプロデュースだそうで、このカシンという人はカエターノ・ベローソの息子、モレーノとかユニットを組んでいるんだけど、彼等の音楽も相当良いみたい。それにしても、昔は良く聴いていたブラジルの音楽を最近は全然聴いていないなあ。あんなに好きだったマリーザ・モンチの新しいのもまだ買っていないし、、、

 ところで、SAIGENJIクンでぼくが好きなところに、彼の「よ」という音の発音があります。はっきりした「よ」よりも微かに「じょ」という音が混じっている感じなのですが、これが、スペイン語スピーカーの話す日本語のように聞こえるとこがツボ!です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)