映画・テレビ

2009年7月30日 (木)

EL CANTANTE

Salsita_132_2 そういえば、あの伝説のサルサシンガー、エクトル・ラボーの伝記映画を銀座でやっていますね。

タイトルは、彼の代表曲の題名であり、彼の称号にもなった"EL CANTANTE"(THE SINGAR)。

 制作はジェニファー・ロペスで主演のエクトル役は、彼女の旦那さんで現役トップサルサシンガーのマーク・アンソニーだそうで、、、そういえば、ジェニファーは、かつて、若くして(確か、まだ、10代?)銃によって非業の死を遂げたメキシコ系アメリカ人シンガー、セレーナの伝記映画に主演していたことがありましたね。そして、マークは自身のキャリアの初めの頃、アルバムの一枚に「セレーナに捧ぐ」という言葉を入れていましたっけ、、、

映画にタイアップして?というわけではないですが、(ぼくがもともと彼の歌が好きだったから)サルシータでは、エクトルの曲はよくかかっております。若さ爆発のウイリー・コロンと組んでいた悪ガキ時代のものから、妖しい危うさを漂わせていた晩年のものまで、、、

 前にも書きましたが、彼は、けっして上手い歌い手ではなかったと思うのです。だから、いやらしいほど上手いマーク・アンソニーとは、なにか、イメージがダブらないのですが、宣伝などで見る限り、顔の感じもかなり、エクトルに近ずけて、歌い方もやはりエクトルっぽくなっているようですね。ぜひ、映画も見てみたいのですが、貧乏閑無しなのと、最近は、やたらと長い予告編を何本も本編の前に見せられるのが苦痛で、映画館に足を運ぶのが億劫になっているので、たぶん、行かないでしょう。もし、見た方がいらしたら、感想を伺ってみたいです。

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2008年11月19日 (水)

ルイス・ブニュエルにとってのメキシコ

Los_olvidados 秋も深まって参りました。もう街にはクリスマスツリーが飾られていますね。さすがに、まだ、忘年会には早いと思うのですが、最近、サルシータでは20名以上でパーティをされるお客さんが、増えています。さすがに、東京屈指の国際的な街、広尾だけあって、様々な人種の方達が混じったパーティが多いですね。

 折からの金融危機からか、最近、客足が伸びていなかったので、有り難いことです。先週の金曜日も、近くに住んでるらしい方々のパーティが有り、大変、盛り上がっていました。パーティが終ったあと、大勢の方達がキッチンに、「美味しかったよ。ありがとう。」と言いに来てくださり、感激しました。

 皆さんが、楽しそうにしているのを、お手伝い出来る、この仕事は、やはり、きついけど良いものだと思えます。

さて、昨日は、メキシコ講座で、東京大学の教授の野谷文昭先生の、映画監督ルイス・ブニュエルについての講義を受けてきました。

 スペイン生まれのシュールレアリスト、ブニュエルは、親友で画家のサルバドール・ダリと共同で、記念碑的な作品「アンダルシアの犬」を撮った後、スペイン内戦の煽りを受けて、メキシコに亡命してきます。メキシコでは、ヨーロッパで撮ったような芸術性の高い作品は要求されず、生活のために、一般大衆の望むような、解りやすいコメディや大衆劇を撮らざるを得なくなるのですが、それでもどこかに自分らしさを出していくというアーチストとしての姿勢は崩さなかった。ヨーロッパに比べると質の落ちる設備、資金面でも苦労したようです。ぼくの好きな作品の「昇天峠」や「砂漠のシモン」などが、実は未完成だったこと、恥ずかしながら知りませんでした。そう言われれば、ずいぶん、唐突な終り方でしたよね。名作が、資金難から未完成に終るところは、やはり、メキシコで創られた岡本太郎さんの「明日の神話」みたいですね。野谷先生によると、彼の映画人生は、常に、(自分の美学を保ちつつも)異質なものにアダプトしていくものだった、と。メキシコで撮っていても、彼の美学の中心にあった、ドン・キホーテに代表されるヨーロッパの中世的なものについての憧憬を、映像の中に閉じ込めている。この彼の姿勢には、とても共感するものを感じました。

 あの天才と、自分を比べるのはおこがましいかぎりですが、恵まれない状況においても、自分らしさを保ち続ける、という点では、ある意味、今のぼくの状況に似ていると思ったのです。メキシコ料理といえば、アメリカ風のチーズと豆とチリパウダーのどっさり入ったものが主流の、この国で、敢えて本場のメキシコ料理で勝負しようというところとかが、、、

 はっきり言って、テックスメックス系の料理が大好きな人の多いこの場所で、ファヒータスなどのメニューを置かないのは、広島駅の御土産物でもみじ饅頭を置かないのと同じくらい、商売っ気のないことかもしれません。でも、そういうことを、敢えてするのが、ブニュエル的、或いは、ドン・キホーテ的な美学なのでしょう。

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2008年11月11日 (火)

メキシコの大女優達

Delrio29  少し前に、キッチンの主力スタッフが二人も辞めたので、新しいスタッフをまた何人か加えて新体制でやっております。慣れるまで、少し時間がかかるかと思いますが、よろしくお願いします。

 そして、何故か、最近、スタッフへの応募が多いです。電話でお話をさせてもらうのですが、皆さん、メキシコへの何らかの想いがあるようで、是非、一緒に働いてみたいと思う方ばかりなのですが、いかんせん、今の状況では、もう雇えないので、勘弁してもらっています。すごく、人が欲しいときに全く応募が無いときもあるのに、、、

 今すぐは無理でも、いつか働いてもいいかなと思える方は、ひき続き、連絡お待ちしています。いつ状況が変わるかわかりませんので、、、

さて、そう言えば、今発売中の小学館の雑誌「サライ」にて、サルサの作り方、それを使った簡単な料理などを紹介しています。是非、ご覧下さい。簡単で美味しくメキシコの味を体験出来ると思いますよ。

さて、本日はジャパンファウンデーションの「メキシコの美の巨星たち」シリーズの講座に行ってまいりました。今日のテーマは「メキシコ映画のミューズたち」、講師は上智大学教授のマウロ・ネーヴェスさん。メキシコ映画黄金期の二大女優、マリア・フェリックスとドローレス・デル・リオを中心にお話が進められましたが、とても面白かったです。この二人の個性が全く違っていたこと、(マリアは、サカテカスの庶民の出で、セックスアピールもある強い女を演じ、ハリウッドに興味を示さなかった、ドローレスは、ドゥランゴの裕福な家庭出身で耐える聖女のような役やメロドラマを演じ、ハリウッドでも大変な成功を収めたことなど。)そして、お互いに犬猿の仲であったこと(二人の唯一の競演作「ラ・クカラーチャ」では、二人がぶつかる場面でうまく行かず、なんと120テイクも撮り直したそうです!)など、とても興味深いお話でした。ぼくは、ドローレスさんが、そんなにハリウッドで活躍していたことを知りませんでした。ルドルフ・ヴァレンティーノの女版のような存在だったとか、かのオーソン・ウエルズと浮名を流したとか、初耳でしたね。黄金期の前の女優達、ルペ・ベレスやアンドレア・パルマの話も面白かった。アンドレア・パルマの30年代の主演作「港の女」のビデオを見せて頂きましたが、そこでかかっていた楽曲のメロディが、どこかで聴いたことがあるな、とずっと考えていて、ブラジルのシンガー、カエターノ・ベローゾの「オダラ」だと気付いたときはびっくりしました。本当に似てた、というか、メロディーがそのままだったのです。マウロ先生がブラジル人だというのもあって、後で訊いてみたところ、あの曲はアウグスティン・ララ(ヴェラクルース出身のメキシコの大作曲家)がその映画のために書いた曲ということでした。「偶然でしょう、でも少しは影響があったかもしれません」ということでした。そういえば、カエターノは「粋な男」というスペイン語の曲のカバーアルバムで、ララの「マリア ボニータ」をカバーしていましたね。あの、「マリア ボニータ」のマリアは、その時、ララと恋仲にあった、マリア・フェリックスのことなんですよね。マリアの代表作「エナモラーダ」は、ぼくの最も好きな映画の一つで、映画の舞台になったチョルーラを訪ねたときに、映画のタイトルそのままの「エナモラーダ」というレストランがあって、感激したのを覚えています。店内には映画のシーンの写真があちこちにかざられていましたっけ。ちなみにサルシータにも、あの映画でマリアさんがモレの味見をしている場面の写真が、メキシコ観光局からもらったチョルーラのポスターの横に飾ってありますよ。

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2008年10月28日 (火)

メキシコ映画黄金期

Candelaria  いやあ、景気が悪いですね。サルシータも、今月は、目に見えて客足が落ちています。景気が悪くなっているのに、物価が上がるという、スタグフレーション?でしたっけ。日経平均株価も、1年前の半分以下になっていますよね。資産を投資信託などにしていた方なんか、その半分以上が紙屑になってるんですから、大変ですよね。まあ、当分はこんな状態が続くとしても、耐えて頑張るしかないです。

今日は、六本木タワーの森美術館に、荒木珠菜作品を見に行きました。実は、一点しか展示されてなかったのですが、世の中の森羅万象の生物が繰り返す生と死のエンドレスなサイクルを緻密かつ壮大に蝋細工で現した作品でとても気に入りました。作品のタイトルは「泉」といって、うちの長女と同じ名前でした。

 夜は、「メキシコの美の巨星たち」の講義へ。今回は1930年代から50年代までの、いわゆる「メキシコ映画黄金期に活躍した俳優たちのお話を映画研究家の金谷重朗さんのお話で伺いました。古い映画のビデオも見せてもらいましたが、やはり、昔のスターたちは存在感がありますよね。まあ、社会も今ほど複雑ではなくて、人間の喜怒哀楽ももっとストレートに出せたから、という面もあるような気もしますが。ペドロ・アルメンダリス、ペドロ・インファンテ、ホルへ・ネグレーテ、フェルナンド・ソレール、カンティンフラス、などの大スターが出演して、エミリオ・フェルナンデス、ルイス・ブニュエルなどが監督した作品を、久々にゆっくり見たくなりました。

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2007年1月21日 (日)

スリーアミーゴス

今朝の産経新聞の記事に、メキシコ出身でハリウッドで今、活躍している映画監督の3人、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリティ、アルフォンソ・クアロン、ギジェルモ・デル・トロが関係者の間でスリーアミーゴスと呼ばれているという記事が載っていました。実際、彼等は互いに仲が良く、アメリカ人の俳優達からも、受けが良いらしいです。そして今年のアカデミー賞では3人揃ってノミネートされているとか、、、素晴らしいですね。

 スリーアミーゴスと言えば、ぼくがアメリカに住み始めて間もない頃にそういう名前の映画がヒットしていました。20年近く前なので詳しい内容は忘れてしまったけど、売れないハリウッドの役者3人がメキシコの小さな村に行って悪い奴等と戦う羽目になる、みたいな筋でしたよね。アメリカでとっても人気のあるコメディアン、スティーブ・マーティンらが出ていたコメディ映画でした。その時は気付かなかったけれど、今から思うと、あの映画はクロサワの「七人の侍」のパロディだったんですね。

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2006年10月21日 (土)

アレックス・ローラ/ロックに取り憑かれた男

メキシコ・ドキュメンタリー映画祭も昨日で終わってしまいました。当初は4、5本観るつもりでしたが、結局、時間が取れずに3本だけしか観れませんでした。

 その中で一番、観て良かったなーと思えたのは、80年代から活躍している、メキシコの人気ロックバンド、エル トゥリ(EL TRI)のリーダー、アレックス・ローラ(ALEX LORA)を追ったものでした。同じメキシコのロックバンドでもカフェ タクーバやマナが割とインテリ層に人気があるのに対し、エル トゥリは圧倒的に社会の底辺にいる労働者階級から支持されていて、アレックスは彼等にとっての「良き兄貴」といった存在でしょうか。

 エル トゥリのスタイルは、難しいこと抜きのシンプルなロックンロールといった感じですが、歌詞は彼等の聴衆である労働者達の日常的な悩みを歌ったものであったり、彼等の不満や鬱積を代弁して腐敗した政府や役人をこき下ろしたものだったりして、その辺りが人気の秘密なんだろうと思います。あと、特徴的なのが、アレックスのシモネタ満載のお馬鹿なトークでしょうか。お上品な方々が聞いたら、思わず眉をひそめたくなるような下品さですが、こんなところも、実は、嫌なことばかりあるけれどクヨクヨしないで、笑い飛ばしてしまおうという彼なりのメッセージになっているのです。

 そんな、いつもはお下劣なジョークを連発している彼が、麻薬中毒の若者達が入れられている施設を訪問して、「人間、誰もがいずれ死ぬ運命なんだから、せっかく神様が与えてくれた生きられる時間を、自分や自分の周りの人達のために有効に使おうよ。」と語りかけるシーンでは、まるで聖者のように見えました。

 また、彼等がロサンゼルスでコンサートを行った時の映像では、観客の殆どがメキシコから出稼ぎに来ている人達でしたが、それを見て、スペインのバルセロナの闘牛場を連想してしまいました。知的なカタルーニャの人達は闘牛なんて野蛮なものには興味が無いので観に行ったりしないのですが、闘牛場は、南のアンダルシアから出稼ぎに来ている人達でいっぱいになるのです。

 家族のために、故郷を遠く離れて働いている人達を励まそうというアレックスの心意気にも感じ入ってしまいました。

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2006年10月16日 (月)

メキシコの魂を唄った男/ホセ・アルフレッド・ヒメネス」

 メキシコ・ドキュメンタリー映画祭にて「メキシコの魂を唄った男/ホセ・アルフレッド・ヒメネス」を観て来ました。あのメキシコの大衆歌謡ランチェラの王様の人柄や作品について、彼の家族や作家、音楽家などが語る、といった内容です。詩人として、或いは作曲家としての彼の偉大さについては、今更言われなくても充分承知していましたが、彼が音符は読めないどころか、楽器を一つも弾けなかったというのは知りませんでした。あの山のようにある名曲の数々は、鼻歌で作られていたそうです。なんていう天才なんでしょう!

 彼と共に恋と酒に溺れた破天荒な人生を送り、生き残った老チャベーラ・バルガスがべラクルースのホテルで彼の思い出を楽しそうに語る表情が味があって良かったなあ。「彼には80人も恋人がいたのよ、80人も!」と言って豪快に笑ってましたね。あのマッチョな歌詞の勇ましい唄"EL REY"(王様)が、実は彼の辞世の歌だったなんてのも初めて知りました。なんというかっこよさ!

 映画が終わって、立ち上がって後ろを向いたら、同じ恵比寿でお店をやっている、数少ない日本人のメキシコ歌謡の歌手サム・モレーノさんと目が合いました。「いやあ、良かったねえ。やっぱり凄いねえ。」サムさんもさすがに感動していましたね。

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2006年9月14日 (木)

メキシコ・ドキュメンタリー映画祭

一昨日、来店頂いたお客さんがこの映画祭のチラシとポスターを置いていかれたので、もう皆さんご存知かもしれませんが、告知しておきます。

メキシコ・ドキュメンタリー映画

ぼくも、時間を作って出来るだけ観に行こうとおもいます。

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2006年9月 1日 (金)

ペドロ・アルメンダリス

 トラックバックに付いていた映画の情報で分かりましたけど、「カクタス・ジャック」や「アマロ神父の罪」に出ていたのは、メキシコ映画黄金期の名優、ペドロ・アルメンダリスの息子さんだったんですね。考えてみたらそれはそうですよね。彼がもし今も生きていたら、それこそ、ヨボヨボのお爺さんでしょうね。

 それで思い出したのですが、ペドロ・アルメンダリスはジョン・フォード監督などの西部劇にも、けっこう出ていたんですね。広瀬隆さんが随分前に書いた本「ジョン・ウエインはなぜ死んだか」では、ネバダ州などの核実験で残った放射線の影響で多くのハリウッドの役者が早死にしたという推察をしていましたが、ペドロもその1人だったという扱いをされていた気がします、、、

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