2007年2月20日 (火)

歌いながら夜を往け

 今年は雪が降りませんね。僕は寒いのが嫌いで冬が大の苦手なので、喜ぶべきかもしれませんが、こうも暖冬だと、やはり、心配になります。地球、大丈夫かなあ。

 それはさておき、このタイトルを見て懐かしさを覚えた方、同世代ですね。かつて、篠山紀信さんの「激写」などで一世を風靡した男性若者向け雑誌「GORO」誌上で作家の五木寛之さんが様々なゲストを迎えて行っていた対談企画の名前でした。

 なんでこんな題にしたかというと、雪を懐かしがっていたら、昔のこんな思い出が蘇ってきたからです。

 あれは、ざっと15年ほど前、当時、僕はニューヨークの寿司屋で働いていました。マンハッタンの西94丁目に一人でスタジオアパートメントを借りて住んでいたのですが、ある時、同じ店で働いていたメキシコ人のコックが転がり込んで来ました。なんでも、兄夫婦の家に同居していたものの、義理の姉の親戚が来たり、赤ちゃんが生まれたりで、そこに居辛くなったようなのです。まあ、しばらく置いといてやろうか、と思っていたら、いつの間にか、やはり同じ店で働いていた彼の友達まで居つくようになっていました。そんなわけで男3人が一つの部屋に同居するという非常にむさ苦しい状況になってしまったのですが、まあ、別に気を遣うような相手ではないし、楽しくやっていました。

 ちょうど、雪深いニューヨークの冬の時期でした。僕達が働いていた店はイーストサイドの81丁目だったので、仕事が終わると3人で一緒にセカンドアベニューを86丁目まで歩いて、そこからセントラルパークを横切るバスでウエストサイドに行き、ブロードウエイを94丁目まで歩いて帰っていました。街は華やかでした。歩行者が通れるように、積もった雪は歩道と車道の間に壁のように固めてありました。そこを長い仕事から開放されて浮かれた気分で、ファン・ガブリエルやロス ブーキースなどの歌謡曲やアウグスティン・ララやホセ・アルフレッド・ヒメネスなどのクラッシックなメキシコの歌を男3人で歌いながら歩いたものでした。

 若くて、悩みなんて無かった頃の楽しい思い出です。

 

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2006年12月25日 (月)

¡FELIZ NAVIDAD!

メリークリスマス!

今年は珍しくクリスマスイブが定休日の日曜日だったので、家族と過ごすのんびりしたイブになりました。例年だと、この日は忙しく朝から深夜まで働いているので、なんだか不思議な気分です。でも、考えてみると、これが、本来の正しいクリスマスの過ごし方なんですよね。日本だと、やたらカップルばかりのためのようになっていますが、、、

 ぼくは、一度だけ、メキシコでクリスマスを過ごしたことがありましたが、やはり、家族で過ごす平和なものでした。メキシコでは12月16日から24日までの期間を"POSADA"(ポサダ)といって、盛大にクリスマスを祝います。市場には、この時期、キリストの生誕の場面を再現する"BELEN"(ベレン)と呼ばれる飾りに使う人形や小物が売られています。これらを買って来て、それぞれの家庭でイエスが生まれた馬小屋やヨセフやマリア、東方の三賢人、赤ん坊のイエスなどの人形を箱庭に並べて再現します。面白いな、と思ったのは、そこに集まってくる動物達で、牛や羊が居るのは分かるのですが、アメリカ大陸原産の七面鳥まで居たことです。本当は矛盾しているのですが、すっかり土着化させていることに感心しました。

 それから、夜になると、イエスが生まれる前にマリアとヨセフが宿を探して歩いたことを倣って、子供達が隊列を作って近所の家を巡り歩き、家の中の人と掛け合いの歌を歌います。「どうか、一夜の宿を。」と頼んで、初めは警戒されて拒まれるが、神の子が生まれそうだと説得されて、最後は門を開けるというものです。門が開けられると子供達は中に入り、ピニャータと呼ばれる張りぼての人形を棒で叩いて割ります。この中にチョコレートやキャンディが入っていて、落ちてきたのを皆で取り合って食べるのです。

 "NOCHE BUENA"(ノーチェブエナ)と呼ばれるイブの夜は、家族で集まって、りんごとビーツ、それからヒカマと呼ばれる大根と梨の中間のような感じの植物で作ったサラダや七面鳥の丸焼きを食べて、ポンチェと呼ばれるハイビスカスの花とタマリンドを煮出して、たくさんの果物を入れた温かい飲み物を飲みます。南国とはいえ、標高の高いメキシコシティの夜はけっこう冷えますからね。デザートは"BUÑUELO"(ブニュエロ)と呼ばれる平べったいドーナッツのようなお菓子が定番です。

 それから、近所に住んでいる親戚を訪ねに行ったり庭で音楽をかけて踊ったりしていました。ぼくが泊まっていた家でも、この日ばかりは、日頃、あまり仲が悪かったお父さんと娘婿が仲良く楽しそうにしていましたね。

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2006年12月14日 (木)

オアハカは今、、、

 忙しくて、あまり情報を集めてなかったのだけど、やっぱり、今メキシコ南部の州、オアハカは大変なことになっているようです。詳しくはこちらを。

オアハカはメキシコに行けば必ず立ち寄る大好きな場所だけに心配です。夏に行われた大統領選挙でも、疑惑の結果で大混乱していたみたいだし、メキシコの政情はとても不安な様相を呈していますね。

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2006年9月18日 (月)

敬老の日に思い出したこと

 今日は敬老の日。こういう日が設けてあるということ自体が、日頃、我々が、お年寄りを大切にしていないのかな、という気分になり反省させられます。それに比べて、ラテンの国々では、一般的に、老人に対する尊敬の念が強いように思われます。保守的なカトリックの影響、核家族化がそんなに進んでいない、ということも原因だと思われますが。

 老人に対する尊敬、ということを考えていたら、一つの昔の思い出が蘇ってきました。あれは、今から17年前の1989年の夏のこと、、、

 24歳のぼくは、アメリカのロサンゼルスからニューヨークを目指して大陸横断の旅をしていました。グレイハウンドバスで、サンアントニオ、ヒューストン、ニューオーリンズ、マイアミと廻り、マイアミからはバスの座席の狭さに耐えかねて、鉄道のアムトラックでニューヨーク行きの電車に乗り込みました。ぼくの斜め前の席に30代くらいの黒人の女性が座っていたのですが、彼女が凄かった。何かの被害妄想に取り付かれているのか、とても落ち着かない様子で、兎に角、目に入るもの全てに対して悪口を言い続けているのです。前を白人が通れば、白人の悪口、太った女性が通れば、その悪口、といったように。当然、周りの人達は、唖然としていて、何人か、丁寧な調子で彼女に何か注意をしようとするのですが、どうも、彼女は精神状態が正常ではないらしく、注意した人を口汚く罵り始める始末で、全く打つ手無しという感じでした。ぼくも、何か言おうと思ったけど、どうにも理性が通じる相手ではなく、まともに話にならないのが明白だったので、隣の乗客と目を見合わせて、しょうがないか、と諦めていました。

 そのとき、二つくらい前の席に、若い母親と二人の小さな子供、そしてその母親の年取った母というキューバ系と思われる家族が座っていました。子供達は、まだイタズラ盛りの様子であれこれとムリを言っては、母親にスペイン語で叱咤されていました。そのうち、子供達が、席にじっとしているのに飽きたのか、こちらのほうに歩いてきました。たちまち、件の女性に捕まって、「ヒスパニックの子供はどうだこうだ」と罵声を浴びせられました。可哀そうに、まだ、英語を解さない子供達も、その悪意に満ちた調子に脅えて、みるみる泣き顔になっていきます。そのとき、気の強そうな母親が、遂に切れて、激しい調子で黒人女性に対して英語で罵り始めました。黒人も負けずにやり返して騒然となり、周りがとても不穏な雰囲気になったその時、それまで静かだったキューバ系の母親の母の老女が、娘に対して"Callate!"(黙りなさい)とスペイン語で一喝したのです。娘はすぐに、こっちが悪いのでなく、向こうが悪いのだと、スペイン語で反論しましたが、母は更に一言、"Tu,callate!"(お前が黙りなさい)と説くように言いました。その一言で、キューバ系の女性は勿論、あれだけ、うるさかった黒人の女性も、まるで魔法がかかったように静かになってしまったのです。それからは、気を削がれたように件の女性も静かになり平穏な旅となりました。

 あのキューバ人の老女が発した一言には、伊達に年取っているだけではないぞ、という貫禄と威圧がこもっていました。理屈を超えた何かが。明らかに非は黒人のほうにあったのに、自分の娘を叱って、結果的に相手も黙らせてしまった、あの老女の振る舞いには老人が尊敬される理由が詰まっていました。

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2006年8月24日 (木)

車窓からの風景

 メキシコ料理店「サルシータ」のホームページに書いていた、ラテンアメリカに関するコラム、「MY LATIN THINGS」を、今回からブログ形式にしました。これからは、より、日常的で些細なことも取り上げて、ぼくなりのラテンのパースペクティブを通して語っていこうと思っています。

 先日、お盆休みに故郷の広島に帰省しました。新幹線の窓から外の風景を眺めていると、田んぼが多くて、日本ってやはりお米の国なんだなあとしみじみ思いました。普段、東京で生活していて、滅多に外に出ないので、あまり感じないのですが、日本は山があって、川があって、海や湖もあって、本当に美しい国なんだなあと実感しました。

 思えば、昔はよく旅をして、バスの、或いは電車の窓から色々な国の景色を眺めたものでした。そして、当然のことながら、その風景はそこに暮らす人達の生活に密接に結びついているんですよね。

 メキシコでは荒涼とした大地にとうもろこしの畑が延々と続き、アルゼンチンではパンパと呼ばれる広大な草原地帯が、ボリビアとチリの国境付近では標高3000メートル以上の高地に広がる塩の砂漠。そこから北に行くとペルーへと続くアルティプラノ(高原)、エクアドルではバナナの木々が連なり、コロンビアのカリブ海沿岸にはシエナガと呼ばれる沼地が広がっていました。いつか、余裕が出来たらまた訪れてみたいものです。

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