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2011年7月

2011年7月19日 (火)

ペドロ・パラモ

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  • 先週、取り上げたタイム誌の記事"Mexico's tragedy"に、メキシコの小説家ファン・ルルフォの代表作(といっても彼は2冊しか書いていないけれど)の「ペドロ・パラモ」の文章が紹介されていて、現在、麻薬戦争撲滅運動を先導している詩人、小説家のハビエル・シシリアが、この、死者に物語を語らせるという前衛的な手法を取っている小説を、現代の麻薬戦争の犠牲になって死んでいった人達の声を甦らせようという意味でシンボルのように使っているという話が出てきていました。

   この「ペドロ・パラモ」という小説は、20世紀初め頃のメキシコ革命の時代を背景に、舞台は「コマラ」という架空の町ですが、おそらく作者のルルフォの故郷であるハリスコ州あたりをモデルに書かれていると思われます。そこは、法や正義よりも欲と暴力が支配する世界で、ある意味、現代の麻薬戦争真っ只中のメキシコにとても似ています。

 主人公のペドロ・パラモは、貧しい家の出ながらも悪知恵と暴力を駆使してコマラ一帯の支配者になっていき、何人もの女性を手に入れるが、唯一心から愛した幼なじみの女性スサーナを救ってやれない。息子は、父親似でさんざん悪さをした挙句、早死にしてしまう。そして彼自身の破滅も始まっていく、、、という大まかなストーリーです。

 200ページほどの中編ですが、構成が独特で、70あまりの短いエピソードが集められていてそれが、必ずしも時系列に並んでいるわけではないのですね。現在と過去が入り混じっていたりする。しかもそれらの多くはすでに死んでいる者たちの独白だったりします。ある登場人物が出てきて何かした後、実はそれが既に死んでいる人物だったと明かされたり、、、その断片たちをパズルのように組み合わせていくと全体の流れがようやく見えてくるというわけです。

 今回、久々に読み返してみましたが、その文章の力に圧倒されました。むき出しの人間の欲や生命力溢れるみずみずしい自然の描写と、「こんな人生なんてくだらねえや!」(ある登場人物の台詞)というメキシコらしい虚無感に荒涼とした大地との対比もすごいです。

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2011年7月12日 (火)

MEXICO'S TRAGEDY

Time_2 先日、いつものようにナショナル麻布スーパーのレジに並んで、目の前にあった英語雑誌の表紙を何気なく眺めていると、とても衝撃的な言葉が眼に飛び込んできました。

 MEXICO'S TRAGEDY(メキシコの悲劇)

思わず手に取って買い物カゴに入れ、お店に帰ってから開いてみると、やはり、というか、ここ数年、一般人を含めて多くの犠牲者を出している麻薬戦争の話でした。

 ぼくが海外に居たころ、今から14年から20年くらい前ですが、麻薬戦争が最も盛んで、最大の犠牲者を出していたのは、コカインの生産国であるコロンビアでした。1993年にコロンビアを訪れた時、泊っていたホテルの前に戦車が止まっていてびっくりした思い出があります。テロ対策で、あちらこちらでバッグを開けさせられ、爆弾を持っていないか調べられたりもしました。

 しかし、今や麻薬戦争の主戦場は生産国のコロンビアから運搬の経由国のメキシコに移っていて、メキシコの麻薬絡みの殺人事件の被害者は、去年、1万5千人以上と5年前の7.6倍にもなっているそうです。特に国境地帯の暴力は凄まじく、フアレスという町では昨年だけで3200人が殺されて、「世界で最も危険な町」という称号を得ています。ここも、僕が昔訪れた時には、穏やかな町、という印象だったんですが、、、

 この辺りの事情は、ドン・ウイズロウの小説「犬の力」に書かれていたとおりになっていますね。麻薬の生産は、ちょっと乱暴に言えばどこでも出来る。けれど、麻薬の最大の消費国はアメリカ合衆国、そしてこの国に隣接していて長大な国境線を共にしているのはメキシコ。この事実は変えようがない。そして、流通を支配するものが、巨大な麻薬マネーを手にする。薄給で働いている警察官を簡単にリクルート出来るくらいの、、、銃大国の合衆国から武器はいくらでも手に入る。メキシコの昔の大統領の言葉、「メキシコは、神からあまりにも遠く、合衆国からあまりにも近い。」という言葉を思い出します。

 希望も少し。記事は、今、メキシコで盛り上がっている、市民主導の麻薬戦争撲滅運動にも触れています。この運動を先導しているのは、メキシコの最も著名な詩人、小説家のハビエール・シシリア。実は彼の息子フアンが、今年の3月、麻薬絡みのトラブルに巻き込まれて殺されたのです。それをきっかけにハビエールが立ち上がり、麻薬戦争撲滅運動を開始、40以上の都市が呼応してメキシコ国内で大きな流れを作りました。5月には、メキシコシティに20万人が集まって大規模なプロテストが行われたようです。彼らは、とてもメキシコ的な言い回しで、こう叫んでいます。"Estamos hasta la madre!"(俺たちはもうたくさんだ!)

 

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2011年7月 7日 (木)

いのちの半ばに

Inochi  前から気になっていた作家、アンブローズ・ピアスの短編集「いのちの半ばに」を読みました。

 彼はアメリカの1842年生まれの作家で、短編作家としては、芥川龍之介にも絶賛されたほどの名手でしたが、ジャーナリストとしても辣腕を奮い、ニガヨモギと酸をインクの代わりに用いると評され、ペン1本で簡単に人を殺すことも出来ると恐れられた存在でもあったようです。

 筒井康隆さんが惚れ込んで訳した「悪魔の辞典」という怪書?を著したりと、とてもシニカルな作風で知られていますが、確かにあの本(僕は原書でちらっと読んだだけですが)には、筒井作品に通じるブラックユーモアを感じました。

 さて、南北戦争の時代を背景にしたこの短編集には、筒井作品というよりは、星新一さんのショートショート作品に通じるような短さと最後の切れ味鋭いオチが特徴的な作品が7つ収められています。そして、全てが死を目前にした人間の悲喜劇のようなお話になっています。考えてみれば、この短編集の中の一人の登場人物が語っているように、死というものは、誰も経験して語ったことが無い、つまりは全ての生きている我々にとっては、フィクションに過ぎないのだから、サイエンスフィクションに感じが似てるのかもしれません。

 死という重いテーマに向きあっても、諧謔的な視点で描き出すというところに、彼の反逆精神を感じますし、そういうふうに死を、或いは人生そのものを滑稽な対象としていくぶん醒めた視線で見るところには、"La vida no vale nada."(人生なんて生きる意味が無い)と唄って盛り上がるメキシコの有名な大衆歌謡の精神に通じるものを感じます。

 実際、彼は、晩年、祖国であるアメリカ合衆国に幻滅して、革命の戦火に燃えるメキシコに向かい、そこで失踪、謎の死を遂げています。こんなに様々な「死」を作品に取り上げた彼は、自分の死に方にもこだわったのではないか? ビアスが、メキシコ文化に根ざす祝祭的な「死」のイメージに共感して、自分の死に場所をメキシコに求めたことは想像に難くありません。

 ビアスのメキシコでの失踪事件については、メキシコの著名な作家、カルロス・フエンテスの小説「老いぼれグリンゴ」で触れられていて、ぼくは、この本でビアスのことを知りました。この作品はハリウッドで映画化されていて、ビアス役は、渋いグレゴリー・ペック、ヒロインはジェーン・フォンダが演じていました。

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2011年7月 5日 (火)

新着テキーラ

なんと、メインに使っていたコンピューターがダウンしてしまい、一部を除いて、料理の画像や、メニューのテクストなどがとんでしまいました!(泣)

 ホームページの更新なども、少しの間出来そうにないので、こちらのブログのほうでお店の近況など書いていきます。

さて、私、今月は日本テキーラ協会さんのテキーラソムリエ講座を受講しております。この講座は、今年から始まったのですが、既に100人以上のテキーラソムリエを輩出しているそうで、日本全国から参加者があるという人気講座です。我がサルシータも、テキーラと料理のマリアージュ用として、毎回、各種サルサを提供させて頂いています。料理とお酒は切っても切れない関係、テキーラの素晴らしさが世間にもっと認められることとは、メキシコ料理の素晴らしさが認められることになるだろうし、その逆も当然、あるでしょう。なので、今回、テキーラの知識をもっと深めてもっと、テキーラの素晴らしさをお客さんに向けて発信出来たら、と思っています。

  • Pueblito_2  そこで、今月のサルシータおススメの新着テキーラの発表です。

 まずは、有名な蒸留所が多数あることで知られロスアルトス地区のアランダスから届いた「プエブリート ブランコ」。先日行われた 武蔵屋さんのテキーラ試飲会で見つけた品です。丹念に育てられたアガベをゆっくりとバロック音楽を聴かせながら!低温発酵させているそうで、蒸留後はヘッドとテールを除いてから二度フィルターにかけるそうです。とても手のかかったテキーラなので、樽熟成なしのブランコでも、豊かな芳香と深い味わいがあり、それでいて雑味のないすっきりとした仕上がりになっています。テキーラの入門編としても良いかもしれません。900円です。

Herencia_historico  そして、やはり武蔵屋さんの試飲会で頂いて、大変感動したのがこちらです。「エレンシア イストリコ」

 こちらは、「レぜルバ デ セニョール」や「エレンシア デ プラタ」などで有名なリオデ ラ プラタ蒸留所の超高級テキーラで、あのシェリーで有名な南スペインのへレスデラフロンテラから取り寄せたシェリー樽を使い、高級シェリーの熟成に使われるソレラ方式によって12年の歳月をかけてこだわりのテキーラを熟成させたという逸品です。

 これは、まさに、テキーラを超えたテキーラ! 先に紹介した、とてもテキーラらしい味わいのプエブリートとは好対照ですが、確かに高級シェリーの気品も漂わせた、チョコレートやドライフルーツ、ナッツといった熟成させたテキーラ特有のニュアンスも感じさせる、とろけるような味わいの傑作です。こちらのテキーラは、オーストリアの老舗高級ワイングラスメーカー、リーデル社が、テキーラのテイスティングのためにテキーラメーカーと共同で作りあげた特別グラスで提供いたします。グラスを静かに回すと側面に出来てゆっくりと滑り落ちていく液体の滴の跡、通称「テキーラの涙」が長い熟成の時間を物語ります。とても高価な品ですが、一度は味わってもらいたい名品です。 一杯2300円です。

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2011年7月 4日 (月)

夏カクテル、始めました!

Salsita2000811 先週、今年も夏バテとの闘いだ!と書きましたが、早くも、今年はやられてしまいました。

 僕は、体は華奢なんですが、割とタフなほうで、今まで風邪をひいたりして仕事を休んだことも一度も無く、毎年の夏の厨房の暑さにも、けっこう応えはしますが、なんとかやり過ごして来ていました。昨年の夏の猛暑で、新人スタッフのT君が熱中症に近い状態で苦しんでいた時も、「最近の若者はヤワだなあ。」なんて内心思って、鼻で笑っていたのです。(笑) ところが、今年は油断していたのか、先週の暑さにやられて、木曜日のランチの時間に、顔面蒼白、気分が悪くなってしまいました。なんとか休憩時間に持ち直して、無事、営業を終えましたが、やはり、年なんでしょうか。参りました!

 次の日、温度計をキッチンに持ち込み、ぼくの立ち位置の前のガス台の棚に置いてみたら、初めは35度くらいでしたが、お客さんが入ってきて、ガス台、オーブン、フライヤー、サラマンダーとすべての熱源を点けたら、みるみるうちに上昇してメーターの上限の45度を振り切ってしまいました。計測不能です、、、やっぱり、ハンパじゃないわ、厨房の暑さは!よく、今まで無事だったな、と反対に思いました。

 そこで、今年の夏は、防御策として、冷たく冷やした濡れタオルを首に巻いて仕事することにしました。首筋を冷やすと良いと新聞に書いてあったので、、、Tシャツで首にタオルだと、ラーメン屋さんみたいですけどね、、、でも、けっこうこれは良いみたいです。今年は、なんとか、これで乗り切りますよ。

 さて、ちょっと涼しそうな話題にします!

今年も始めました。サルシータ名物の生のフルーツを使った夏カクテルたち。

  • スイカとテキーラのカクテル、「サンディアーダ」
  • モヒートに色鮮やかで甘酸っぱいラズベリーを入れた「ラズベリーモヒート」
  • 白桃を半個分入れた贅沢な「ピーチダイキリ」

 以上3点です。どれも美味しいですよ!スイカは、メキシコでもとても愛されていて、(色からしてメキシコっぽい!)テキーラとの相性は抜群ですし、フレッシュなラズベリーの弾けるような甘酸っぱさは、ミントの爽快さとぴったり、よく熟れた桃の美味しさをそのまま封じ込めたようなフローズンスタイルのピーチダイキリも、夏にぴったりのサルシータの自信作です。ぜひ、お試し下さい!

 

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