« ソルファナの言葉2 | トップページ | ソルファナの言葉4 »

2011年1月12日 (水)

ソルファナの言葉3

 恐るべし、ソルファナ、身勝手な世の男性の振る舞いをバッサリと切り捨てた後、返す刀で物欲と虚栄を追い求めることに汲々とする人達に襲いかかる。

  146番の詩  

 私を迫害することで、世界よ、お前は何の得をするのか?

私に何か失礼があっただろうか?私が試みたのはただわが頭の中に美しいものを入れておこうとしただけであり美術品にわが頭を入れあげてしまったわけではないのに。

 私は宝ものも豊かさも評価しない。      

それゆえ、いつでも私の喜びとなるのは

私の思いの中に豊かなものを置くときであり

豊かさに思いをめぐらすときではない。

 私が美貌も評価しないのは、それが期限がくれば戦利品として年月が持ち去っていくものだから。豊かさもまた私を騙して喜ばせることはない、

 何故なら私が真実の心において選ぶのは

人生の幻を費やすことであり、

人生を幻に費やすことではないのだから。

Sor_juana4_2 訳者の旦敬介さんの解説によると、最後の2行、「人生の幻を費やすことであり、人生を幻に費やすことではないのだから。」はスペイン語の"vanidades"と" consumir"の言葉にある二重の意味を使って、似たような表現を並べながら「人の生を表現した虚構(文学など)を味わい尽くすことであり、人生を空虚な虚構に費やすことではない」という大きく違った意味を生みだしているということです。二重の意味で遊ぶ典型的なバロック的機智だそうです。(バロックはその頃の文学的主流だった。)

 ファナの勇敢さ、正直さ、豊かな物より豊かな心を重んじる精神性、言葉を操る文学的才能がよく出てる詩だと思います。

|

« ソルファナの言葉2 | トップページ | ソルファナの言葉4 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ソルファナの言葉2 | トップページ | ソルファナの言葉4 »