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2011年1月

2011年1月25日 (火)

EL COMAL

El_comal_2 書くのが遅くなってしまいましたが、昨年末に東急東横線の新丸子駅近くにあるEL COMAL(エル コマル)というメキシコ料理のお店に行ってきました。

 ここは、こじんまりとした小さなお店なのですが、メキシコ南部の先住民文化が色濃く残った土地、オアハカ地方の料理を得意とされている日本でも唯一といってもいいくらいのお店です。

 サルシータと定休日が同じなので、なかなか、行く機会が無いのですが、お正月休みに入るのがこちらのほうが一日早かったので、今回、訪問することが出来ました。写真のようにカラフルな店内には、主にオアハカ地方の土の香りのする民芸品が飾られていたり、トイレには彼の地出身の高名な画家、ルフィーノ・タマヨの作品のポスターがあったりしていてお店の方のこだわりが伝わって来ます。

 僕たちが着いた時には、もう先客がいらっしゃったので、オープンキッチンの中ではシェフが奮闘中でした。料理を一つ一つ、丁寧に作られているのがわかります。たまには、逆の立場も良いものですね(笑)、、、

Salad_comal なかなか、よそで食べられない、オアハカ地方の名物料理の数々、「タサーホ」という一夜干しの牛肉や「セゲサ」という鶏と黒モチトウモロコシをモレアマリヨで煮たスープから、モレやメヌードといった本場メキシカンの定番料理までどれも美味しく頂きました。

 なかでも感動したのが、写真の「ガーデンサラダ」。とても美しい盛りつけ!紅大根、スティックセニョール、ロマネスコなどの珍しい野菜が使われていて葉っぱ類もしゃきしゃきでとても瑞々しかった。実は以前、ランチで伺ったときもサラダの盛り付けの美しさが印象に残っていたのですが、今回は、完全に負けた!と思いましたヨ、ほんと。もちろん、美味しかったです。

 お店の方のこだわりが、さらに感じられるのが、テキーラの品揃え、まあ、こっちはサルシータも負けていませんがね、いや、競っている場合じゃないな、とても立派な品揃えで、選び抜かれたものが揃っていました。ぼくは、北部のチワワ州で造られているというお酒「ソトル」も初めて頂きました。あと、嬉しいことにこちらのシェフはシェリーもお好きらしく、いろいろ揃えていらっしゃるんですね。実はぼくも、シェリーが大好きなので、お勧めのものを2種類ほど頂きました。美味しかった!

 こういう、お店の方の美学が一本通っていて揺ぎ無いお店って良いですね。自分で毎日作っているせいか、なかなか、休みの日に行きたくなるようなメキシコ料理屋さんって無いのですが、こちらは、数少ない例外のお店です。ぜひ、また訪れたいです。

 それから、後で気が付いたのですが、こちらのシェフは、以前、アメリカでガーデナー(庭師)をやられていたとおっしゃっていたのを思い出しました。道理でガーデンサラダの盛り付けが美しいわけだ、と思わず膝をたたいてしまいました。それにしても、あのロマネスコという野菜、ガウディみたいですね。

 ちなみに店名の「コマル」とは、メキシコの家庭でトルティーヤを焼いたり温めなおしたりするときに使う丸い鉄板のことです。これが無いとコマル!(笑)というくらいメキシコ家庭の必需品です。

 

 

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2011年1月19日 (水)

ソルファナの言葉4

Juana_ines_asbaje 1651年に、メキシコシティの郊外のけっして裕福ではない賃貸農園の家に私生児として生まれたファナは、5才くらいには読み書きが出来るほど早熟な子供だったらしいです。祖父の蔵書などを読んで知的好奇心を満たしていたが、8才になるとメキシコシティに「大学」というものがあると知り、女は入れないと知ると、男装させて行かせて欲しいと言って母親を困らせたとか、、、

 13才くらいで、知遇を得て副王宮の侍女に取り立てられると、持ち前の美貌と機智に富んだ性格で副王夫人に可愛がられ、宮廷の寵児となりますが、17才で一大決心をして修道女になります。これは、宗教的な動機というよりも、結婚して男性に従属して生きることを嫌った彼女が、財産の無い女性が好きな学問や文学に取り組める唯一の道として仕方なく選んだようです。左の肖像画は、彼女が16才ころの僧門に入る前のものらしいですが、聡明で美しく、負けず嫌いのようなところが出ていますね。

 今回読んだ「知への賛歌 修道女ファナの手紙」にはファナの残した手紙が2通収められていますが、そのうちの1通には、女性が充分な教育を受けることが出来ない不当さを訴えているようなところがあります。博学強記な彼女のこと、古今の多くの文献を例に出して興味深い記述が多くあるのですが、自分が料理をする人間なので、特に気に入ったのは料理について述べているところです。彼女が料理をしていて発見した「自然の秘密」(卵の黄身と白身は全く別の性質を持っているとか)をいろいろ並べたあと、こう結んでいます。

 しかし、修道女様、私たち女は台所の哲学以外の何を知りうるでしょうか?ルぺルシオ・レオナルドがうまく言ってくれている通り、哲学をしながら夕食を用意することは確かにできるのです。そして、私はこうした小事を目にするにつけ、いつもこう言っています―もしアリストテレスが料理をする人であったなら、もっと多くのことを書けたはずだ、と。

 料理を作ったりするのを取るに足らないことと軽く見る男性に対する当てこすりのようでもあり、機会さえ与えられれば女性も男性を凌駕するようなものを書けるのだ、という意思の表明のようでもあります。

 そういえば、修道院というところは、オリジナリティのある料理が作られたところらしく、メキシコ料理の傑作と言われるもの、「モレ ポブラーノ」とか「チレス エンノガーダ」などは、植民地時代に修道院で産み出されたものでしたね。

 

 

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2011年1月12日 (水)

ソルファナの言葉3

 恐るべし、ソルファナ、身勝手な世の男性の振る舞いをバッサリと切り捨てた後、返す刀で物欲と虚栄を追い求めることに汲々とする人達に襲いかかる。

  146番の詩  

 私を迫害することで、世界よ、お前は何の得をするのか?

私に何か失礼があっただろうか?私が試みたのはただわが頭の中に美しいものを入れておこうとしただけであり美術品にわが頭を入れあげてしまったわけではないのに。

 私は宝ものも豊かさも評価しない。      

それゆえ、いつでも私の喜びとなるのは

私の思いの中に豊かなものを置くときであり

豊かさに思いをめぐらすときではない。

 私が美貌も評価しないのは、それが期限がくれば戦利品として年月が持ち去っていくものだから。豊かさもまた私を騙して喜ばせることはない、

 何故なら私が真実の心において選ぶのは

人生の幻を費やすことであり、

人生を幻に費やすことではないのだから。

Sor_juana4_2 訳者の旦敬介さんの解説によると、最後の2行、「人生の幻を費やすことであり、人生を幻に費やすことではないのだから。」はスペイン語の"vanidades"と" consumir"の言葉にある二重の意味を使って、似たような表現を並べながら「人の生を表現した虚構(文学など)を味わい尽くすことであり、人生を空虚な虚構に費やすことではない」という大きく違った意味を生みだしているということです。二重の意味で遊ぶ典型的なバロック的機智だそうです。(バロックはその頃の文学的主流だった。)

 ファナの勇敢さ、正直さ、豊かな物より豊かな心を重んじる精神性、言葉を操る文学的才能がよく出てる詩だと思います。

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2011年1月11日 (火)

ソルファナの言葉2

Sor_juana3_2 畏れを知らないソルファナは、舌鋒鋭く当時の圧倒的な支配層であった男性に襲いかかる。

ー92番の詩より抜粋ー

頑迷なる男たちよ、故もなく

女を非難するのは、自らが

原因であることを見ぬがゆえ。

自ら非難しているまさにそのことの。

ー中略ー

あなたのおかしな見解の

空元気はまるでお子さま、

お化けを呼び出しておいて

自らそれに怯えてしまうような。

 世にもおかしな自惚れから、

あなたは求める女にこう願うー

言い寄っているときにはタイスであってくれ、

手に入れてからはルクレシアであってくれ。

こんなおかしな気性があるだろうか?

分別がないにもほどがある、

自らの息で鏡を曇らせておきながら

映らないといって嘆くとは。

[タイスは古代ギリシャの宮廷娼婦, ルクレシアはローマの伝説で貞淑な女の模範とされた。]

けっこう長い詩なので、これは一部だけですが、ここからも男の身勝手さ、滑稽さを告発する内容が続きます。今と違って女性の社会的地位が保障されていない時代に、しかも貴族や王侯ではなく平民出身の修道女がここまでフランクに男性批判の詩が書けたというのが驚きです。この作品はアメリカ大陸のフェミニズムの最初のあらわれとされているそうです。そもそも、フェミニズムという言葉が生まれたのは、このずっと後なんですが、、、

こんな畏れを知らずに自分の意見を堂々と述べるところは、後の世代のフリーダ・カーロや、現代で言えばさしずめマドンナなんかに通じる印象を持ってしまいます。

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2011年1月10日 (月)

ソルファナの言葉1

Sor_juana2 いやはや、ソルファナさん(1651-1695)には驚かされます。これが300年前のカトリックの修道女の言葉でしょうか?

ー82番の詩の途中よりー

 あなたを見た。それだけでいい。

燃え上がる火事を告げ知らせるには

その原因を指差すだけでいい、

結果の責任まで言う必要はない。

あなたが高い所にいることは

わたしの大胆なふるまいの妨げにはならない。

どんな神々しい存在も

人間の空翔る想念を逃れることはできない。

ー中略ー

つまり、私が告白する罪は

あなたを愛し崇めていること。

もしあなたがわたしを罰したければ

その罰こそがわたしにはご褒美となる。

 この詩は、1680年にスペインより植民地メキシコを治める副王として着任したラグーナ公爵の夫人マリア・ルイサに宛てて書かれたものです。

 翻訳者の旦敬介さんの解説によると、ソルファナと公爵夫人は同年代ということもあって意気投合し、ファナの才能に惚れ込んだ公爵夫人はその地位を利用して彼女を擁護し、ファナのほうも夫人を讃える、殆ど恋愛感情ともとれる熱烈な詩を書き送ったりしていたようです。

 公爵夫人はやがて公爵の退任と共にスペインに帰国しますが、そのときに彼女の原稿を持ち帰り、「十番目のメキシコのミューズ」の作品集として出版、それが大きな反響を呼び、メキシコの一人の修道女が、ヨーロッパから南北アメリカまで広範な領土を誇ったスペイン語圏全体にその存在を知られるようになったのでした。

 ソルファナのような型破りの人が世に出れたのは、こんなパトロンがいたからなんですね。

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2011年1月 8日 (土)

ソル ファナ

Sor_juana今年、初めて読み終わった本、素晴らしかった!

知への賛歌 修道女ファナの手紙」 

ソル ファナ イネス デ ラ クルス 著   

旦敬介 訳

 著者のソル・ファナ(ソルというのはスペイン語で修道女を指す呼称)は、メキシコが、まだスペインの植民地だった17世紀の後半に生きた女流文学者、詩人、、、メキシコのお金、200ペソ紙幣に彼女の肖像画が印刷されているので、メキシコに行ったことのある人は殆ど、目にしたことがあるはずです。Bill_200_d1

 彼女が、その人生の大半を過ごした、メキシコ市の中心部にあるサンヘロニモ修道院は、現在、彼女の名前を冠した大学 (クラウストロ ソル ファナ 大学)になっています。そこにはガストロノミーの学部もあり、ぼくは、十数年前にそこの一般人向けのコースで料理を学ばせてもらったことがあるので、ファナさんのことは、前からちょっと気になっていたのですが、やはり、今から300年以上も前に生きた修道女、ということで、どちらかというと道徳的にとても模範的で堅苦しいイメージ、ちょっと取っ付きにくいかな、と勝手に思ってそんなに強い興味は持っていませんでした。

 ところが、この本を読んでそんな彼女に対する先入観が一気に覆されてしまいました。

 彼女は、若く、聡明で美しく、才能に溢れた詩人で、修道女でありながら、恋愛観や女性の権利、抑圧的な社会や男性に対する批判を恐れることなく作品に著した驚くべき人だったのです。そして、平民出身でありながら、その時代のスペイン語圏の文学界で最大のスターとなるほどの名声を得たのでした。今回、彼女の作品に触れて、その瑞々しい感性と機智に富んだ世界に魅了されましたが、封建的な植民地の社会体制のもと、しかも禁欲的なカトリック社会の中心で、これだけフランクに自分の意見を表明出来た、というのが凄い。

 訳者の旦敬介さんが詳しく解説されているのですが、彼女は宗教心から修道女になったわけではなく、平民出身の女性、という社会的なハンディを乗り越えて文学の道を志せる唯一の手段として、戦略的に修道女になったのでした。そしてそのことを公言して憚らなかった勇気と率直さを持っていました。

 スペイン語で"atrevido"(女性に対してはatrevida)という言葉があって、大胆な、とか思いきった、とかいう意味なのですが、彼女に対してはそんなイメージを持ちました。この本を読んでいて、余りに、ハッとさせられるところが多かったので、学生時代以来、何十年振りかにペンを片手に、心に残ったところは線を引きながら読んでしまいました。 (続く)

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2011年1月 5日 (水)

あけましておめでとうございます!

Rosca_de_reyes_2  2011年スタートですね。なにかと暗い話題が多かった昨年ですが、メキシコ的には、独立、革命、また、日墨友好のアニバーサリーイヤーでもあり、けっこう盛り上がっていました。メキシコ料理がユネスコの無形文化財に登録されたり、FTAのお陰でメキシコの食材も徐々に新しく入ってきています。テキーラも新しいものがかなり入って来ました。サルシータでもメキシコ産の牛肉や豚肉、コーヒーやバニラなど、良質のものを吟味して使いだしています。

サルシータは今日からオープンです。 今年が、更にメキシコ、および、メキシコ料理にとって良い年になるように望みます。

 メキシコで1月6日の「三賢人の日」( El Dìa de Tres Reyes de Mago)に食べるお菓子「ロスカ デ レイェス」(Rosca de Reyes)を焼きました。丸い輪になっているのは、幸せが終わりなく続くようにという願いが込められているそうです。メキシコでは、この中に小さなイエスの人形が一つ入っていて、切り分けて食べるときに、人形が中から出てきた人は2月2日にパーティを開く(或いはタマレスを奢る)という習慣があるそうです。

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