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2010年2月

2010年2月22日 (月)

100パーセントオーガニックテキーラ

4copasorganictequilareposadoesqmi_6 最近、やたらとテキーラが盛り上がってるようです。日本初上陸のプレミアムテキーラ がどんどん紹介されるようになり、嬉しい悲鳴をあげています。 サルシータのテキーラリストも30種類以上を越えてスピリッツ用の棚も一杯になっているので、これ以上はあまり増やしたくないのですが、とても魅力的にみえるものは、いちおう取り寄せて試してみようか、と思ってしまいます。そんな中で、つい先日取り寄せて気に入り、最新のリストに加わったのが、この"4COPAS"(クアトロ コパス) レポサドです。このテキーラは竜舌蘭(アガベ)の栽培から発酵、蒸留に至るまで徹底的にオーガニックにこだわり、初めて、100パーセントオーガニックテキーラとして認められたものです。その辺りから、「良い物を造ろう」という生産者の熱い思いが伝わってくるようではありませんか。果たして評判も上々で、2006年 「ワイン&スピリッツ」マガジンで世界のベスト5のリストに選ばれたようです。

確かに上質のアガベが持つ自然な甘さに、焦がした樽で熟成されたナッツのような香りが絶妙にマッチしていて一杯と言わずに二杯、三杯、四杯(クアトロ コパス)くらいまですぐ行ってしまいそうですね。

 ところで、メキシコ音楽ファンだったらすぐぴぴっと来るのが4コパスという名前なんですが、これはメキシコの大衆歌謡ランチェラ音楽の帝王ホセ・アルフレッド・ヒメネスの曲名から取られています。製造元に聞いてみたわけではないのですが、テキーラとランチェラというメキシコを代表する二大文化は、ともにハリスコ州生まれの同郷で、テキーラがあるところにランチェラがあり、ランチェラがあるところには必ずテキーラがあるというほど切っても切れない関係なので、ほぼ間違いないとぼくは確信しております。まあ、下の映像を見てください。

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この画像は、1964年公開の映画"Me canse de rogarle"の中の1シーンということですが、この太っちょの男性が、ホセ・アルフレッド・ヒメネス、相手の女性はルチャ・ビヤという女性歌手です。ホセとルチャが身にまとっているのは、チャロというメキシコ版カウボーイの典型的な衣装(チャロもハリスコ州の有名なカルチャーですね。)です。いわゆるマリアッチ楽団の衣装ですね。ちなみにマリアッチを音楽のスタイルと思っている方が多いのですが、主にランチェラを演奏する楽団のことです。ここで"Cuando nadie tequiera"(誰もお前を愛さない時)という曲に続けて歌われるのが、"4COPAS"です。ここで場面はメキシコの酒場「カンティーナ」に変わっています。カンティーナ、ランチェラ、テキーラ、、、典型的なメキシコ(というか)ハリスコの風景ですね。そういえば、この"Me canse de rogarle"(もう頼むのに疲れた)というタイトルはホセさんのデビュー曲"ELLA"(彼女)の始まりの歌詞から取られていますが、この曲のサビのところがまさにランチェラ-テキーラワールド全開なんですよ。彼女との別れの曲(そういえば4コパスもそうですが)なのですが、こんな感じです。

quize hallar el olvido al estilo Jalisco
pero aquellos mariachis y aquel Tequila
me hicieron llorar...
このことをハリスコ流に忘却の彼方に追いやろうとした。だけどあのマリアッチもあのテキーラも私を涙に暮れさせるだけだった。

ハリスコ流というのは、テキーラを浴びるほど飲んで、ということです。彼女と別れてカンティーナに一人座って泣いている男の絵が浮かんでくるようです。

 新しいテキーラの話がいつの間にかランチェラの話になってしまいました。ついついこんな話になると止まらなくなってしまいます。数えきれないランチェラの名曲を残したホセ・アルフレッド・ヒメネスは、実は楽器が一つも出来なくて、、、もう止めときましょう。

 ところで、このテキーラブーム(少なくともサルシータ周辺では)を影で演出しているのは、実は日本テキーラ協会の林会長ではないかと密かに疑っているのですが、その林さんのブログでサルシータが紹介されました。2月20日のエントリーです。苦労して作ったテキーラリストが、その道の達人に褒めてもらって嬉しいかぎりです。テキーラ協会が選んだベストテキーラがお得な値段で味わえるテイスティングセットもありますので、ぜひ、サルシータでお試し下さい。

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2010年2月 2日 (火)

Mountains beyond mountains

Mountains 一月が終わりました。

 少し前に、「これ以上は悪くならないだろうから、、、」なんてことを書いた記憶がありますが、全然そんなことはなくて、さらに深く落ち込んだ月でした。

 こうなると、どこまで落ちても不思議では無い気がしてきました。やはり社会的にも厳しい情勢なんでしょうね。今年の目標は、なんとか生き残ること!です。

 まあ、そんなことを言いながらも、好きなことを仕事にして打ち込めるというのは幸せなことなんだと思っています。働きたくても働けない人がたくさん居るわけだし、、、

ハイチの大地震、すごい被害ですね。しかし、いまだにハイチのことを「中米の国」と言うメディアの多いこと、メキシコが中南米ではないようにハイチのようなカリブの国々も中米ではないのですが。今回の地震でも、迅速に救助チームなどを派遣した欧米の国に比べ、日本政府の対応の遅れが批判されていますね。政府レベルでもそうですが、民間レベルでも、千羽鶴を折ってハイチに送ろうなんて言ってる人達がいると新聞で読んで目が眩みそうになりました。そんなの迷惑なだけでしょう!救助の物資を運ぶだけでも手が足りないだろうに、、、

 今回のハイチの大地震で、一番心に残ったのは、産経新聞に載っていた曽野綾子さんのエッセイでした。彼女によると地震が起きる前からハイチはとにかく貧しくて犯罪が跋扈する酷い状態で、まるで神に見捨てられたような状態が日常になっていたとか、、、そういう国を作ったのは、もともとアフリカから奴隷を連れてきたヨーロッパの国、カリブ海を裏庭と称しながら腐敗した政権を黙認してきたアメリカであって、こういう時だけ善人面で救助に勤しむのはどういうものか?といったとてもシニカルなものでした。

 アレックス・ヘイリーの、「ルーツ」というあるアメリカ黒人の先祖からの歴史を描いた物語で、奴隷として厳しい労働をさせられているアメリカの黒人のところに、「カリブの島で黒人達が自分達の国を作ったぞ!」というニュースが伝えられ、ものすごい希望を与えるシーンがあったのを覚えていますが、その「希望の国」が、今のハイチです。

 昔、ハイチでエイズの患者を救う病院を運営して献身的に働いているアメリカの医師ポール・ファーマーのことを書いたドキュメンタリーを読んだことがありました。"Mountains beyond mountains"(山を越えたら更にまた山が)という題の通り、曽野さんのいうようなただでさえ大変な日常の中で、次々とやってくる大変な困難にめげることなく立ち向かって朝から晩まで働く一人の医師の姿にとても感動しました。彼の苦労に比べたら、自分の苦労なんてたかがしれていると思えます。ファーマーは今もハイチの人達のために闘っているでしょう。

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