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2009年8月11日 (火)

シコ・ブアルキのプロテストソング

 前回、ブラジルの音楽家シコ・ブアルキに関することを書いて、ちょっと前に、キューバのミュージシャン、ウイリー・チリーノのプロテストソングについて(批判的に)書きましたが、そういえば、そのシコこそが、プロテストソングの大家だったことを思い出しました。

 Chico シコ・ブアルキという人は、おじいさん(おじさんだったかな?)が、有名な辞典を編集するようなインテリの家系の出身で、彼の書く歌詞は文学的な香りに溢れていてます。とても若い頃から、若くして亡くなった昔の伝説的なサンバ作曲家、歌手のノエル・ホーザの再来と言われてたようです。作詞、作曲家としての彼は、まさに超一流、唯一無二の特別な存在で、ウイリー・コロンやアナ・べレンなど、スペイン語圏の歌手達も競うように彼の曲を歌っています。

 シコの若い頃は、ブラジルが軍事政権に支配された頃で、反社会的な歌詞などは徹底的に検閲され排除された頃でした。同年代のカエターノ・ベローソやジルベルト・ジルなどは、特に反社会的なことを歌っていないのに、その自由闊達な歌詞世界が伝統的な価値観を乱すとされて逮捕、収監され、その後、国外追放になっています。

 余談ですが、カエターノ、ジルがイギリスに亡命する直前に行ったライブで歌った(絶叫した?)「プロイビド プロイビール」(禁止することを禁止する)という歌のフレーズは、スペインの不良オヤジホアキン・サビーナとアルゼンチンの伊達男フィト・パエスが彼等の蜜月期にがっぷり四つに組んで発表したアルバム「エネミーゴス インティモス」(親密な敵同志)のラストでつかわれていましたね。

 シコ自身も一時イタリアに亡命を余儀なくされますが、割と早く帰国。独裁的な軍事政権を批判する歌を発表しています。検閲を避けるため、ダブルミーニングを持つ言葉を使うなどしていますが、そのことが、かえって歌の普遍性を高めているような気がします。

ぼくが、特にすごいと思ったのは「カリシ」(聖杯)という曲で、こんな歌詞です。

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

どうやってこの苦い飲み物を飲むのか
痛みに耐え、苦労を我慢するのか
口は閉じても心は開いている
だれも町の沈黙を聞くことができない
聖女の息子であっても、それにどんな価値があるのか
他人の息子であったほうがましだ
まだくさり具合のましな他の事実
あまりに多くの嘘とあまりにひどい暴力

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

無口になりながら目覚めるのはなんと難しいことか
私は夜の沈黙に絶望している
引き裂くような叫び声をあげたい
それが他者に聞こえる唯一の方法だ
あまりの静けさに気が遠くなる
呆然としながらも注意深くしている
どんな瞬間にも観客席から
沼の怪物が現われるのをみられるように

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

「父」というのはカトリック教会の神父、ポルトガル語で「カリシ」という言葉にはキリスト教における聖杯という意味の他に「黙らせる、沈黙を強いる」という意味があり、カトリック的な価値観を良しとする支配者に文句をつけられないようにしながらも、民衆の心を代弁して、その支配者を厳しく糾弾する歌詞になっています。

 この曲をシコをジルベルト・ジルと共作し、やはり、同年代のミルトン・ナシミエントと歌っています。シコの重い声とミルトンの美声のコントラストでとても良いのですが、カエターノの妹、マリア・ベターニアの歌うバージョンも素晴らしく良いです。それにしても、この世代のブラジルはパウリーニョ・ダ・ヴィオラといい、ジョルジ・ベンといい、ジャバンといい、優れた作曲家を多く輩出していますね。もしかしたら、弾圧が優れた芸術を生むという面もあるのでしょうか?

 

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