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2009年8月

2009年8月31日 (月)

反乱するメキシコ その3

Insurgent 予想されていたとはいえ、ここまでの民主圧勝とは思いませんでした。まさに、前回の郵政選挙からオセロの白と黒をひっくり返した形になりましたね。

 そして、前回と違うのは、今回は野党が単独で圧倒的過半数を獲得した、という点でしょう。内閣も、大臣になるの初めて、といった人達で組むのでしょうし、民主に、本当に、政権を運営できる能力があるのか?というのも、正直、未知数だと思います。それでも、自民党、公明党、そして官僚による統治は、もう懲り懲りだという国民の意思表示なんでしょう。

 そこで、思い出しました。ジョン・リードの「反乱するメキシコ」。すっかり、ご無沙汰していました。メキシコ革命というのは、40年近くも続いたディアス政権を打ち破った、という点で、長く続いた自民党支配を打ち破った今回の選挙に状況が似ていますね。

 メキシコ北部、チワワ州で、政治を牛耳っていた富裕な支配者たちを追い出して州知事の椅子に座ったのは、無学で、20年もお尋ね者だった元山賊の首領のパンチョ・ビリャでした。ジョン・リードは、その頃のビリャに密着取材して、彼を純朴で愛すべき男として描いています。

「ビリャはチワワ州の軍政官を名乗り、30万人のための新政権を、知力をかたむけて創設するという途方もない実験―なぜなら彼はそんなことに何の知識もなかったのだから―を開始した。」

「金持ちには広大な土地所有が認められ、貧乏人には認められないのはなぜなのか、どうしても理解できなかった。」

 ビリャは、本当に政治というものに疎かった、そして、なにしろ、ちょっと前まで山賊だったため、何のしがらみも無かった。だからこそ出来ることを、ほとんど、無邪気に、実行していきます。

 ビリャの新政権を信用しない金持ちたちは銀や銀行券を地下に隠匿してしまい、通貨不足が起きます。そこで、「必要なのが金だけならば、少し印刷しよう。」と新しい通貨を印刷し、自分のサインをして流通させてしまいます。それで人々が市場で食料品が買えるようになるのですが、それでもなお、メキシコ政府銀行券や銀貨は地下から姿を現しません。革命のための武器や補給品を買うためにそれらを必要としていたビリャは、二月十日以降はメキシコ政府銀行券や銀貨を贋金とみなす、それまでにビリャ紙幣と交換するようにと宣言を出します。それでも、なお、金融業者や金持ちたちはこれをはったりとみなし、がんばります。しかし、ビリャは二月十日になると、今後すべてのメキシコ政府銀行券と銀貨は贋金とみなすという貼紙を州中に出してしまいます。

 数日後、リードとビリャが昼食をとっている時に、村の金持ちたちが抗議にやってくると、ビリャはこう言い放ちます。「お前たちは、わしの政府は長続きせんと決め込んで、いろりの下に穴を掘り、銀貨と銀行券を埋めた。最初の布告も、チワワ市街に張り出された翌日には知ったが無視した。「贋金布告」もすぐにわかったのだ。もし必要になったら、いつでも交換できると考えた。だが、やがてびっくりして、村でいちばんかねを持っているお前ら三人が、ラバに飛び乗ってここへやってきた、というわけだろう。諸君!諸君の金は贋金だ。お前らは、もう一文無しだわ!」

 痛快ですね。民主党にもこれくらいやってもらいたいなあ。

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2009年8月30日 (日)

メキシカンカラーのお花

Flor_2  サルシータにとって、節目の時期だからか、最近、昔からのお客さんがたくさん来店されます。恵比寿時代とか、その前に自由が丘でやっていた雇われ店長時代のお客さんとか、、、計算してみたら、もう13年くらい前になりますが。

 昨日、そんな方達のおひとりから、10周年のお祝いに、メキシコの国旗と同じ色のお花のブーケ(って言うんでしたっけ、こういうの、、、)を頂きました。とてもきれいだったので、思わずずっと見とれてしまいました。そして、スタッフの皆に見せびらかしちゃいました。すごくうれしかったです。ありがとうございます。

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2009年8月25日 (火)

サルシータ10周年!

Header01_2  いつの間にやら8月も終わりに近ずいています。今年は、夏休み返上で働いたためか、あまり夏らしい感触が無いまま、もうこんな時期になってしまいました。

 世の中では、選挙戦がたけなわですね。日本も、いよいよ、二大政党の時代になるのか、報じられているように、今回は前回の郵政選挙から一転、オセロを引っくり返したように民主党が議席を伸ばすのでしょうか?それにしても、国会議員ってあんなに沢山必要なんですかね?

 さて、去る20日はサルシータ創立10周年の記念日でした。都心の個人の飲食店は、約7割が5年で消えていくといわれているなか、よく続いているほうで、普通だったら、これに合わせて、何かイベントなりキャンペーンなりするのでしょうが、ここのところ、景気が悪いからか、気分が沈んでいてそんな気になれず、結局、何も企画しないで静かにその日を迎えまてしまいました。ただ、予約帳の端っこにスペイン語でサルシータ10才の誕生日と書いておきました。

 そうして迎えた当日、以前働いてくれていたスタッフ、現在働いているスタッフ、合わせて10名余りが集まって来店してくれて、10周年を祝ってくれました。それから、うちの家族も、、、前もって何も聞いていなかったので、とてもうれしいサプライズになりました。まあ、スタッフの子達に関しては、ただ単に集まって飲む口実が欲しかったんじゃないかとも思ってますが(笑)、、、

 それにしても、うちで働いている子達はメキシコ好きが多いのかメキシコ話で盛り上がっていましたね。彼らのような人達が集まる場として、この店を長く続けて行こうと心を新たにした次第です。

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2009年8月11日 (火)

シコ・ブアルキのプロテストソング

 前回、ブラジルの音楽家シコ・ブアルキに関することを書いて、ちょっと前に、キューバのミュージシャン、ウイリー・チリーノのプロテストソングについて(批判的に)書きましたが、そういえば、そのシコこそが、プロテストソングの大家だったことを思い出しました。

 Chico シコ・ブアルキという人は、おじいさん(おじさんだったかな?)が、有名な辞典を編集するようなインテリの家系の出身で、彼の書く歌詞は文学的な香りに溢れていてます。とても若い頃から、若くして亡くなった昔の伝説的なサンバ作曲家、歌手のノエル・ホーザの再来と言われてたようです。作詞、作曲家としての彼は、まさに超一流、唯一無二の特別な存在で、ウイリー・コロンやアナ・べレンなど、スペイン語圏の歌手達も競うように彼の曲を歌っています。

 シコの若い頃は、ブラジルが軍事政権に支配された頃で、反社会的な歌詞などは徹底的に検閲され排除された頃でした。同年代のカエターノ・ベローソやジルベルト・ジルなどは、特に反社会的なことを歌っていないのに、その自由闊達な歌詞世界が伝統的な価値観を乱すとされて逮捕、収監され、その後、国外追放になっています。

 余談ですが、カエターノ、ジルがイギリスに亡命する直前に行ったライブで歌った(絶叫した?)「プロイビド プロイビール」(禁止することを禁止する)という歌のフレーズは、スペインの不良オヤジホアキン・サビーナとアルゼンチンの伊達男フィト・パエスが彼等の蜜月期にがっぷり四つに組んで発表したアルバム「エネミーゴス インティモス」(親密な敵同志)のラストでつかわれていましたね。

 シコ自身も一時イタリアに亡命を余儀なくされますが、割と早く帰国。独裁的な軍事政権を批判する歌を発表しています。検閲を避けるため、ダブルミーニングを持つ言葉を使うなどしていますが、そのことが、かえって歌の普遍性を高めているような気がします。

ぼくが、特にすごいと思ったのは「カリシ」(聖杯)という曲で、こんな歌詞です。

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

どうやってこの苦い飲み物を飲むのか
痛みに耐え、苦労を我慢するのか
口は閉じても心は開いている
だれも町の沈黙を聞くことができない
聖女の息子であっても、それにどんな価値があるのか
他人の息子であったほうがましだ
まだくさり具合のましな他の事実
あまりに多くの嘘とあまりにひどい暴力

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

無口になりながら目覚めるのはなんと難しいことか
私は夜の沈黙に絶望している
引き裂くような叫び声をあげたい
それが他者に聞こえる唯一の方法だ
あまりの静けさに気が遠くなる
呆然としながらも注意深くしている
どんな瞬間にも観客席から
沼の怪物が現われるのをみられるように

父よ、この杯を私から遠ざけてください。
血に染まったワインを

「父」というのはカトリック教会の神父、ポルトガル語で「カリシ」という言葉にはキリスト教における聖杯という意味の他に「黙らせる、沈黙を強いる」という意味があり、カトリック的な価値観を良しとする支配者に文句をつけられないようにしながらも、民衆の心を代弁して、その支配者を厳しく糾弾する歌詞になっています。

 この曲をシコをジルベルト・ジルと共作し、やはり、同年代のミルトン・ナシミエントと歌っています。シコの重い声とミルトンの美声のコントラストでとても良いのですが、カエターノの妹、マリア・ベターニアの歌うバージョンも素晴らしく良いです。それにしても、この世代のブラジルはパウリーニョ・ダ・ヴィオラといい、ジョルジ・ベンといい、ジャバンといい、優れた作曲家を多く輩出していますね。もしかしたら、弾圧が優れた芸術を生むという面もあるのでしょうか?

 

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2009年8月 1日 (土)

オペラ ド マランドロ

先日は、プエルトリコ出身のサルサ歌手、エクトル・ラボーの映画の話をしましたが、今、ブラジルポピュラー音楽の作曲家、歌手のシコ・ブアルキ原作のミュージカルCも日本人キャストで上演されているんですね。それを知ったのは、ラジオのコマーシャルでだったのですが、何より驚いたのは、ブラジルが舞台のお話なのにそのCMで流れていた音楽が、キューバのグロリア・エステファンの曲だったことです。「一般大衆には、キューバとブラジルの違いなんてどうせ判らないから、耳に慣れ親しんだ曲を流しておこう。」という意図なのでしょうが、それってアリですかね?その昔、ブラジルからハリウッドに進出して活躍した歌手で女優のカルメン・ミランダがキューバ人役で映画に出ていたのを、あるブラジル人の方が、「ひどい」と怒っていましたが、それの逆パターンですね。まあ、そんなことに、いちいち目くじらを立てるのがおかしいのでしょうか?

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