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2008年11月

2008年11月19日 (水)

ルイス・ブニュエルにとってのメキシコ

Los_olvidados 秋も深まって参りました。もう街にはクリスマスツリーが飾られていますね。さすがに、まだ、忘年会には早いと思うのですが、最近、サルシータでは20名以上でパーティをされるお客さんが、増えています。さすがに、東京屈指の国際的な街、広尾だけあって、様々な人種の方達が混じったパーティが多いですね。

 折からの金融危機からか、最近、客足が伸びていなかったので、有り難いことです。先週の金曜日も、近くに住んでるらしい方々のパーティが有り、大変、盛り上がっていました。パーティが終ったあと、大勢の方達がキッチンに、「美味しかったよ。ありがとう。」と言いに来てくださり、感激しました。

 皆さんが、楽しそうにしているのを、お手伝い出来る、この仕事は、やはり、きついけど良いものだと思えます。

さて、昨日は、メキシコ講座で、東京大学の教授の野谷文昭先生の、映画監督ルイス・ブニュエルについての講義を受けてきました。

 スペイン生まれのシュールレアリスト、ブニュエルは、親友で画家のサルバドール・ダリと共同で、記念碑的な作品「アンダルシアの犬」を撮った後、スペイン内戦の煽りを受けて、メキシコに亡命してきます。メキシコでは、ヨーロッパで撮ったような芸術性の高い作品は要求されず、生活のために、一般大衆の望むような、解りやすいコメディや大衆劇を撮らざるを得なくなるのですが、それでもどこかに自分らしさを出していくというアーチストとしての姿勢は崩さなかった。ヨーロッパに比べると質の落ちる設備、資金面でも苦労したようです。ぼくの好きな作品の「昇天峠」や「砂漠のシモン」などが、実は未完成だったこと、恥ずかしながら知りませんでした。そう言われれば、ずいぶん、唐突な終り方でしたよね。名作が、資金難から未完成に終るところは、やはり、メキシコで創られた岡本太郎さんの「明日の神話」みたいですね。野谷先生によると、彼の映画人生は、常に、(自分の美学を保ちつつも)異質なものにアダプトしていくものだった、と。メキシコで撮っていても、彼の美学の中心にあった、ドン・キホーテに代表されるヨーロッパの中世的なものについての憧憬を、映像の中に閉じ込めている。この彼の姿勢には、とても共感するものを感じました。

 あの天才と、自分を比べるのはおこがましいかぎりですが、恵まれない状況においても、自分らしさを保ち続ける、という点では、ある意味、今のぼくの状況に似ていると思ったのです。メキシコ料理といえば、アメリカ風のチーズと豆とチリパウダーのどっさり入ったものが主流の、この国で、敢えて本場のメキシコ料理で勝負しようというところとかが、、、

 はっきり言って、テックスメックス系の料理が大好きな人の多いこの場所で、ファヒータスなどのメニューを置かないのは、広島駅の御土産物でもみじ饅頭を置かないのと同じくらい、商売っ気のないことかもしれません。でも、そういうことを、敢えてするのが、ブニュエル的、或いは、ドン・キホーテ的な美学なのでしょう。

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2008年11月11日 (火)

メキシコの大女優達

Delrio29  少し前に、キッチンの主力スタッフが二人も辞めたので、新しいスタッフをまた何人か加えて新体制でやっております。慣れるまで、少し時間がかかるかと思いますが、よろしくお願いします。

 そして、何故か、最近、スタッフへの応募が多いです。電話でお話をさせてもらうのですが、皆さん、メキシコへの何らかの想いがあるようで、是非、一緒に働いてみたいと思う方ばかりなのですが、いかんせん、今の状況では、もう雇えないので、勘弁してもらっています。すごく、人が欲しいときに全く応募が無いときもあるのに、、、

 今すぐは無理でも、いつか働いてもいいかなと思える方は、ひき続き、連絡お待ちしています。いつ状況が変わるかわかりませんので、、、

さて、そう言えば、今発売中の小学館の雑誌「サライ」にて、サルサの作り方、それを使った簡単な料理などを紹介しています。是非、ご覧下さい。簡単で美味しくメキシコの味を体験出来ると思いますよ。

さて、本日はジャパンファウンデーションの「メキシコの美の巨星たち」シリーズの講座に行ってまいりました。今日のテーマは「メキシコ映画のミューズたち」、講師は上智大学教授のマウロ・ネーヴェスさん。メキシコ映画黄金期の二大女優、マリア・フェリックスとドローレス・デル・リオを中心にお話が進められましたが、とても面白かったです。この二人の個性が全く違っていたこと、(マリアは、サカテカスの庶民の出で、セックスアピールもある強い女を演じ、ハリウッドに興味を示さなかった、ドローレスは、ドゥランゴの裕福な家庭出身で耐える聖女のような役やメロドラマを演じ、ハリウッドでも大変な成功を収めたことなど。)そして、お互いに犬猿の仲であったこと(二人の唯一の競演作「ラ・クカラーチャ」では、二人がぶつかる場面でうまく行かず、なんと120テイクも撮り直したそうです!)など、とても興味深いお話でした。ぼくは、ドローレスさんが、そんなにハリウッドで活躍していたことを知りませんでした。ルドルフ・ヴァレンティーノの女版のような存在だったとか、かのオーソン・ウエルズと浮名を流したとか、初耳でしたね。黄金期の前の女優達、ルペ・ベレスやアンドレア・パルマの話も面白かった。アンドレア・パルマの30年代の主演作「港の女」のビデオを見せて頂きましたが、そこでかかっていた楽曲のメロディが、どこかで聴いたことがあるな、とずっと考えていて、ブラジルのシンガー、カエターノ・ベローゾの「オダラ」だと気付いたときはびっくりしました。本当に似てた、というか、メロディーがそのままだったのです。マウロ先生がブラジル人だというのもあって、後で訊いてみたところ、あの曲はアウグスティン・ララ(ヴェラクルース出身のメキシコの大作曲家)がその映画のために書いた曲ということでした。「偶然でしょう、でも少しは影響があったかもしれません」ということでした。そういえば、カエターノは「粋な男」というスペイン語の曲のカバーアルバムで、ララの「マリア ボニータ」をカバーしていましたね。あの、「マリア ボニータ」のマリアは、その時、ララと恋仲にあった、マリア・フェリックスのことなんですよね。マリアの代表作「エナモラーダ」は、ぼくの最も好きな映画の一つで、映画の舞台になったチョルーラを訪ねたときに、映画のタイトルそのままの「エナモラーダ」というレストランがあって、感激したのを覚えています。店内には映画のシーンの写真があちこちにかざられていましたっけ。ちなみにサルシータにも、あの映画でマリアさんがモレの味見をしている場面の写真が、メキシコ観光局からもらったチョルーラのポスターの横に飾ってありますよ。

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2008年11月10日 (月)

蕪のポタージュ

Cremakabu お久し振りです。寒くなりましたね。実は風邪をひいてしまって、体調を崩しておりました。なんとか、仕事はしていましたが、やはり、感覚が鈍ってしまって、いつもと同じような味の料理を出せていたか、甚だ心配であります。

 いつも、スタッフに、五感を使って料理するようにと言っているのですが、風邪をひくと、鼻の感覚も舌の感覚も、いつもとずれてしまうので、暗い洋上を航海しているような不安な感じです。そこは、今までの経験で、かなりカバー出来てるとは思うのですが、、、

 薬などはなるべく飲まないようにしているので、体が温まるスープを作って飲みます。すぐ近くのナショナル麻布スーパーで、千葉県の農家の方達が作っている有機野菜を売っているのですが、このところ、蕪が美味しくなったので、よく蕪のポタージュを作ってランチに出しています。余ったぶんは僕達スタッフの賄いのときに飲みます。実は、ナショナルさんの野菜は、よくランチのスープに使わせて頂いています。夏には、千葉のズッキーニや北海道産の白いコーンなどをよく使いました。こういう野菜をピュレにしてミルクやクリームでのばしたスープは、メキシコでも、たぶんフランス統治時代の影響だと思いますが、よく飲まれています。お昼ご飯には野菜をたくさん使った食事を出したいと思っているので、こういうスープはよく作っています。

 さて、この蕪のスープですが、有機野菜なので、皮付きのまんま、玉ねぎと一緒にバターで炒めて、水で茹でて柔らかくしてから、ミキサーにかけ、網で濾します。それを牛乳でのばして塩で味を整えます。ブイヨンなどは全く加えなくても野菜の力で美味しく出来ます。ほろ苦い葉っぱと茎も、さっと茹でてから浮かべました。さらに、メキシコの唐辛子で作るチポトレオイルを少量垂らして、ちょっぴりスパイシーなアクセントを加えました。そうすると、白、緑、赤のメキシカンカラーになりました。

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