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2008年10月21日 (火)

フリーダ・カーロ

Frida  最近、ずっと休みの日が雨だったのですが、今日は久々に良い天気でした。いつもより少し寝坊をして8時半に起床。下の娘の実花と少し遊んでから、浅草の合羽橋道具街に出かけました。割れて少なくなってきた食器や、長い間使って古くなった調理道具などを買い替えたりしながら、約2時間ほど、色々なお店を廻りました。いつも思うのですが、ここに来ると、あっという間に時間が経ってしまいます。良さそうな道具があると、つい、これを使えば、もっと美味しいものが出来るんじゃないかな?なんて思ってしまうんですよね。結局、両手一杯になるほど、買ってしまいました。

 帰り道に、昔、同じ釜の飯を食べた仲の知り合いが店長をやっている「萬鳥」というハイカラな焼き鳥屋さんにお邪魔して、少し雑談をしました。話題に上るのは、最近の景気のこと、なかなか求人の応募が無い事など、、、今、多くのお店が抱えてる悩みでしょうね。

 一旦、家に帰って、子供達の顔を見てから、ジャパンファウンデーションの「メキシコの美の巨星たち」の講義へ。今回のテーマは「フリーダ・カーロ」、講師は、彼女について素晴らしい本を書かれている堀尾真紀子さん。フリーダについては、いろいろな書籍や映画などで語られていますが、今回、改めて感じたのは、闘う女性だったんだな、ということです。現代の闘う女性、マドンナが彼女を崇拝しているのもうなずけますね。マドンナはフリーダの絵を2点も所持しているそうです。

 実は、フリーダがちゃんと評価され始めたのは、彼女が亡くなってかららしいです。夫のディエゴ・リベラが、あまりに有名だったので、「ディエゴの妻」という印象でしか捉えられていなかったらしいです。フリーダが生きた時代は、オロスコ、リベラ、シケイロスの、いわゆる「三大壁画家」が活躍していた時代で、社会的なメッセージを持った絵が高い評価を得る時代だったので、ひたすら自己に向き合って自画像を描き続けたフリーダが脚光を浴びることは無かったようです。しかし、今になってその作品を見てみると、プロパガンダ的なリベラ達の壁画が、ある種、ノスタルジックな感傷を呼び覚ますのに対し、悲痛な自分の姿を描いたフリーダの絵は見る者の心に強く迫ってくる強さを感じます。

 昔、あるブラジルの女性歌手が、「実はインティメイト(内向的)なことが一番ユニバーサルなことなんだ。」と語っていましたが、人は誰でも自分が何者なのかということを一生探し続けているようなものだから、自分を見つめて表現し続けたフリーダに多くの人が魅かれるんでしょうね。

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