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2008年10月

2008年10月28日 (火)

メキシコ映画黄金期

Candelaria  いやあ、景気が悪いですね。サルシータも、今月は、目に見えて客足が落ちています。景気が悪くなっているのに、物価が上がるという、スタグフレーション?でしたっけ。日経平均株価も、1年前の半分以下になっていますよね。資産を投資信託などにしていた方なんか、その半分以上が紙屑になってるんですから、大変ですよね。まあ、当分はこんな状態が続くとしても、耐えて頑張るしかないです。

今日は、六本木タワーの森美術館に、荒木珠菜作品を見に行きました。実は、一点しか展示されてなかったのですが、世の中の森羅万象の生物が繰り返す生と死のエンドレスなサイクルを緻密かつ壮大に蝋細工で現した作品でとても気に入りました。作品のタイトルは「泉」といって、うちの長女と同じ名前でした。

 夜は、「メキシコの美の巨星たち」の講義へ。今回は1930年代から50年代までの、いわゆる「メキシコ映画黄金期に活躍した俳優たちのお話を映画研究家の金谷重朗さんのお話で伺いました。古い映画のビデオも見せてもらいましたが、やはり、昔のスターたちは存在感がありますよね。まあ、社会も今ほど複雑ではなくて、人間の喜怒哀楽ももっとストレートに出せたから、という面もあるような気もしますが。ペドロ・アルメンダリス、ペドロ・インファンテ、ホルへ・ネグレーテ、フェルナンド・ソレール、カンティンフラス、などの大スターが出演して、エミリオ・フェルナンデス、ルイス・ブニュエルなどが監督した作品を、久々にゆっくり見たくなりました。

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2008年10月21日 (火)

フリーダ・カーロ

Frida  最近、ずっと休みの日が雨だったのですが、今日は久々に良い天気でした。いつもより少し寝坊をして8時半に起床。下の娘の実花と少し遊んでから、浅草の合羽橋道具街に出かけました。割れて少なくなってきた食器や、長い間使って古くなった調理道具などを買い替えたりしながら、約2時間ほど、色々なお店を廻りました。いつも思うのですが、ここに来ると、あっという間に時間が経ってしまいます。良さそうな道具があると、つい、これを使えば、もっと美味しいものが出来るんじゃないかな?なんて思ってしまうんですよね。結局、両手一杯になるほど、買ってしまいました。

 帰り道に、昔、同じ釜の飯を食べた仲の知り合いが店長をやっている「萬鳥」というハイカラな焼き鳥屋さんにお邪魔して、少し雑談をしました。話題に上るのは、最近の景気のこと、なかなか求人の応募が無い事など、、、今、多くのお店が抱えてる悩みでしょうね。

 一旦、家に帰って、子供達の顔を見てから、ジャパンファウンデーションの「メキシコの美の巨星たち」の講義へ。今回のテーマは「フリーダ・カーロ」、講師は、彼女について素晴らしい本を書かれている堀尾真紀子さん。フリーダについては、いろいろな書籍や映画などで語られていますが、今回、改めて感じたのは、闘う女性だったんだな、ということです。現代の闘う女性、マドンナが彼女を崇拝しているのもうなずけますね。マドンナはフリーダの絵を2点も所持しているそうです。

 実は、フリーダがちゃんと評価され始めたのは、彼女が亡くなってかららしいです。夫のディエゴ・リベラが、あまりに有名だったので、「ディエゴの妻」という印象でしか捉えられていなかったらしいです。フリーダが生きた時代は、オロスコ、リベラ、シケイロスの、いわゆる「三大壁画家」が活躍していた時代で、社会的なメッセージを持った絵が高い評価を得る時代だったので、ひたすら自己に向き合って自画像を描き続けたフリーダが脚光を浴びることは無かったようです。しかし、今になってその作品を見てみると、プロパガンダ的なリベラ達の壁画が、ある種、ノスタルジックな感傷を呼び覚ますのに対し、悲痛な自分の姿を描いたフリーダの絵は見る者の心に強く迫ってくる強さを感じます。

 昔、あるブラジルの女性歌手が、「実はインティメイト(内向的)なことが一番ユニバーサルなことなんだ。」と語っていましたが、人は誰でも自分が何者なのかということを一生探し続けているようなものだから、自分を見つめて表現し続けたフリーダに多くの人が魅かれるんでしょうね。

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2008年10月17日 (金)

サライに載ってます

Photo   

 昨日発売の、小学館の熟年向け雑誌「サライ」の「男の簡単料理」ソースの達人シリーズにて、アボカドを使ったソースとして「ワカモーレ」の作り方と、それに合う料理を二品紹介しています。是非、本屋さんで探して手にとって見てください。

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2008年10月15日 (水)

死者の日の祭壇、泉誕生日 民族の日

Muerto_alter_2 11月2日の死者の日が近づいてきたので、バーカウンター横のアーチのところに即席の祭壇を作りました。

 メキシコらしいカラフルな十字架の下に、メキシコの守護神(そして南北アメリカ全体の守護神でもあるらしい)のグアダルーペのマリア様、テキーラの空き瓶に挿したマリゴールドの花、供え物の「死者の日のパン」とビールを守るように?ルチャドール(メキシコのプロレスラー)のフィギュアを置いて、骸骨の飾りを一番前に配しました。どうですか?

さて、昨日は体育の日で世間は休みだったので、サルシータは営業しました。お天気も良くて、広尾の街は、けっこう賑わっていました。この辺りは外国の方々が多いので、オープンエアのカフェは大人気ですね。サルシータの斜め前が有名なイタリアンカフェのチェーン店なのですが、朝から、すごい人です。よく思うのですが、あそこでお茶してる人達はサルシータの看板を見て、どう思っているのでしょうか?「本格的なメキシカンレストランか、行ってみたいなあ!」と思っているのか、「どうせメキシコ料理なんて、豆とチーズばっかりで辛いだけの料理でしょ!」と思っているのか? 知りたいなあ。

 何はともあれ、暑くもなく、まだ寒くもない、この時期は貴重ですよね。たまには、近所の緑いっぱいの有栖川記念公園でも散歩したくなりました。そういえば、お店の前の巨木の落ち葉が、去年はすごかったのですが、今年は枝をずいぶん、さっぱりと切り落とされて、落ち葉掃除が楽になりました。

Izumi_birthday  その前の日曜日、10月12日は、長女の泉の誕生日、6才になりました。早いような、そうでもないような、、、来年から小学校ですからね。プリキュア(小さなお子さんがいない人には判らないですよね)のアクセサリーのおもちゃをもらって喜んでるところを見ると、女の子だなあ、と思いますね。これが男の子だと、ウルトラマンとか(もういないか?)なのでしょうか?ちなみに彼女の今の夢は洋服屋さんだそうです。ちょっと前まではケーキ屋さんだったのですが、、、

 その10月12日はコロンブスがアメリカ大陸を「発見」した記念の日でして、メキシコでは"EL DÍA DE LA RAZA"(民族の日)と呼ばれています。旧大陸から来た人達が新大陸の先住民と混血して、現在のメキシコの大半を占める「メスティーソ」と呼ばれる人達が出来たからです。もちろん、「発見」なんていうのは旧世界側の人間達から見た一方的な主観なわけで、アメリカ大陸にずっと昔から住んでいた人達からしてみれば、ずいぶん勝手な言い方ですよね。自分達が昔から住んでいた土地を征服されて、その征服者と被征服者の間に生まれた自分達とは?というラテンアメリカ人のアイデンティティを巡る永遠の問いかけが始まった日でもあるわけです。

 ちなみに、同じアメリカでも、合衆国などのアングロアメリカでは、こういう問いはあまり無いようです。彼等は先住民と混血しなかったので、、、これは大きな差ですね。だから合衆国ではこの日は、普通に、"COLOMBUS DAY"「コロンバスの日」と呼んでいます。

 さらに言うと、スペインでは、この日を"EL DÍA DE LA HISPANIDAD"(スペイン化の日)と呼んでいるようです。新大陸にスペインの素晴らしい文化を広めた記念日らしいです。何の非も無い人達を金銀のために大量に殺しておいてよく言うよ、と思っていたら、、、何と、つい最近、名前が変更になっていました。"EL DÍA NACIONAL DE ESPAÑA"に!スペイン国家の日?何じゃこの当たり障りの無い、何を祝っているのか分からないような名前は? やはり、さすがにあの名前はマズイ、と思ったのでしょうね。因みに、スペインといってもカタルーニャ地方だけは、昔から、こっちの名前だったようです。アメリカ大陸侵略という蛮行を行ったのは、南や西の、アンダルシアやエストレマドゥーラ地方の金に目が眩んだ貧乏人達で、おれ達は知らないよ、というクールな態度でしょうか。或いは、自分達もフランコの時代にカスティーヤの文化を強要されて困ったよ、という反発心でしょうか。

 僕は、1492年のコロンブスの、その記念年からちょうど500年後の1992年に、新大陸のニューヨークから旧大陸のスペインに渡り、スペイン各地を旅してから、再び新大陸のブラジルに渡って南北アメリカを巡るという旅をしていたので、各地でこの「発見」の意味を問う行事やイベントを目にしました。今になって思えば、それぞれの立場で違った物の見方がある、ということを知った旅でもありました。

 話は少し変わりますが、ちょっと前に、アメリカ人(いわゆる、世間一般で使われている、アメリカ合衆国人という意味での、、、厳密に正しくいうと、アメリカ人とは北はアラスカから南はパタゴニアまでの南北アメリカ大陸の人達全部になってしまうのですが)の音楽家であるライ・クーダーが、「ブエナ・ビスタ・ソーシャルクラブ」というアルバムでキューバ音楽を世界に紹介した時に、参加していたキューバ人歌手のイブライム・フェレールが、「ライは俺達にとってのコロンブスみたいなものだ。」と言っていました。つまり、彼等はキューバで、ああいう音楽をずっと昔から変わることなくやって来ていた。そこにたまたま、ライという違う世界からの人物が現れて「こんな素晴らしい音楽があるぞ。」と世界中に知らしめてくれた、ということのようです。

 そういう話を、今、思い出しているのは何故かというと、今はまだ本物のメキシコ料理はこの国では陽の目を見ているとは言い難いが、変わらずに良い仕事をやり続けていると、いつかコロンブスが現れて、世間に教えてくれるのではないかと思ったからです。それとも、自分がコロンブスにならないといけないのかな?

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2008年10月11日 (土)

死者の日のパン

 10月に入ると、広尾界隈は、どこのお店もハロウイーンの飾り付けで賑わっています。我がサルシータも何かしなくちゃ、と思いながらも、メキシコ料理屋なのにハロウイーンは、やはり無いな、と思って、メキシコでこの時期に街角を飾っている、「死者の日のパン」を焼いてみました。卵の割合が多めのパンで、骨の形の模様が付いているものです。入り口近くの十字架のところに、「死者の日」ゆかりのお花である、マリゴールドのお花と共に置いてあります。ちょっと、今、コンピューターのトラブルで、写真がアップ出来ていませんが、ご来店された際は、是非、ご覧下さい。

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2008年10月 7日 (火)

マニュエル・アルバレス・ブラボ

Bravo  世界同時株安の影響でしょうか?平日は閑でも週末は盛り返して満席になるはずだったのに、先週は、週末にも客足が伸びませんでした。

 第二の世界大恐慌の始まりか、なんて暗いニュースが多いので、皆さん、出費を控えてしまうのでしょうか?それとも、単に忙しいからなんでしょうか?「景気は気分」とも言いますからね。明るい気分になって、ぱっと使えば、自然に景気も良くなるのではないでしょうか、、、って楽天的すぎますかね?

今日は久々に娘達と出かけました。はじめは、六本木の森美術館でやっている荒木珠菜展に行こうかと思ったのですが、せっかく六本木ヒルズの屋上に行けるのに、生憎の天気で展望台がやっていないようだったので諦めて、近所の三軒茶屋のキャロットタワーに行きました。ここは、26階と、六本木ヒルズの半分の高さしかありませんが、屋上からの景色はなかなかだし、何よりも無料なのでね。 最上階のレストランでお昼を食べました。下の商店街のお店は、お昼時で、どこも混んでるようだったけど、この上のレストランは空いていて、天気は悪かったけど、一応、東京の街を見下ろしながら久し振りにゆっくりとご飯を食べられました

夜は、ジャパンファウンデーションの「メキシコの美の巨星たち」講座の3回目へ。今回のテーマは、20世紀を代表する写真家の一人と言われるマニュエル・アルバレス・ブラボ。講師は写真家で、多摩美術大教授の港千尋さんでした。「20世紀を代表する」と言われるに相応しく、彼は1902年にメキシコシティで生まれ、2002年に100歳でメキシコシティにて亡くなっています。つまり20世紀の殆どを、生涯殆ど離れなかったメキシコシティで目撃しているわけです。彼については、少しは知っていて、写真集も1冊持っていますが、そんなに深くは理解していなかった。今回の講義で、何故、彼がカルティエ=ブレッソンと比肩しうるほどの偉大な写真家だったのかが分かった気がしました。何気なく撮ったように見える一枚のポートレイト写真でも、見方によると色々なメッセージが込められているのだな、ということを教えられました。前回の、斉藤裕さんによるバラガン建築の解説でもそうでしたが、専門家の方の解説で、今まで見過ごしてきた細かい点に作者の意図が隠されている、ということに気付かされました。メキシコというと明るいカラフルなイメージですが、彼の写真は、時代のせいもありますが、白黒ばかり。それでいて、照りつける強烈な太陽の光とそれに対比する影を使って、実にメキシコ的と言える写真を撮り続けている、ルイス・ブニュエル映画などで撮影監督を務めた巨匠ガブリエル・フィゲロアの世界に通じるものを感じましたが、ブラボは実際、ブニュエル作品や、ジョン・フォード作品にも助監督のような役割で参加していたらしい。その時にフィゲロアとも交友があったみたいなことを、会場にいらっしゃっていた野谷文昭先生もおっしゃっていました。野谷先生は、さらに、作家フアン・ルルフォの撮った写真とブラボ作品の相似性にも言及されていましたが、メキシコ生まれの芸術家はジャンルは違えど、皆、メキシコ的なるものを追求していくざるを得ないということでしょうか。そういえば、ブラボが80歳くらいの時に撮った、作家カルロス・フエンテスのポートレイトも見せて頂きましたが、鮮やかな光と影の使い方で、背景に垂直、水平の真っ直ぐの線を描く格子ガラスを配して、いかにも理知的なフエンテスの人物性をくっきりと浮き出していました。こういう高齢になってもこんな隙の無い仕事をしていたブラボに、先日、料理写真の撮影でお世話になった写真家の佐伯先生を思い出してしまいました。

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