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2007年6月18日 (月)

大佐に手紙は来ない

 最近の我が国の年金問題のニュースを見ていて、ガルシア・マルケスの小説「大佐に手紙は来ない」を思い出してしまいました。

 随分前に読んだので、細かいところは忘れてしまったのだけれど、国のために戦争に行って戦い、今は隠居生活をしている老大佐と彼の実直な妻が主人公で、愛する息子が闘鶏をめぐるいざこざで殺されてしまい、気にかけてくれる友人もいなくて、隠居しているので収入もなく、蓄えも徐々に減っていき、もうそんなに希望のない余生だけれど、誇り高い彼らは、誰にも泣き言を言わず黙々と毎日を送っている。実は、周りには、生活のためといって、あまり誉められないようなことをして小金を稼ぐ輩はいる。大佐も、その肩書きを利用すれば、何がしかの生活費は稼げただろう。だが、そうはしない。ただ、自分達に残された日々を、信心深く、折り目正しく生きている。

 国に奉公していた大佐は、国から送られてくるはずの年金が唯一の希望で,毎週のように送られていないか郵便局に確かめに行っているのだけれど、実は国は腐敗していて、過去に国のために尽くしてくれた者のことなど、気に留めてもいない。

 物語の最後、いよいよ蓄えが尽きて、明日から何を食べるのと妻に聞かれた大佐がこう答えます。「糞でも食らうさ。」

 この強烈な一言に、ラテンの美学、ドン・キホーテ的なものを感じるのです。自分の美学に殉する確固たる意志、他人からの施しを乞うくらいなら、糞でも食ったほうがいい、という、この老大佐の男の意地というものを。

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