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2007年3月18日 (日)

燃える平原

 口から漏れる泣き声は、岸を削る濁流の音に似ている。ターチャはしゃくりあげながら、わなわなと身を震わせる。その間にも、大きく盛り上がった川はどんどん水かさを増しつづける。そして、あっちから吹いてくる腐ったようなにおいは、ターチャの濡れた顔にもふりかかる。するとターチャの二つの小さな乳房は、しきりに上下に揺れはじめる。まるでいきなりふくらみだして、いよいよ堕落の底へと、ターチャをひきずりこもうとでもするかのように。  「おれたちは貧しいんだ」

 こういうことになったのは、タニーロが罪ほろぼしの苦行をする気を起こしたからだ。そばを歩いている男たちが、守り札の代わりに胸と背にぶ厚いサボテンの葉をぶらさげているのをみて、自分もそうしたいと言い出したのだ。しばらくするとシャツの袖でわざわざ両足をしばってよたよたと歩きはじめた。そのうちに、いばらの冠をかぶった。目かくしもした。タルパが目の前に迫ると、ついにはひざまずき、腕を背中に組んで、膝の骨で地面にこすりながら進んでいった。そうやって見るからに異様な肉の塊りとなったタニーロ・サントスはタルパにたどり着いたのだ。  「タルパ」

 20世紀メキシコの偉大な作家、ファン・ルルフォの短編集「燃える平原」を久し振りに読み返してみて、その圧倒的な迫力に、またもや打ちのめされてしまいました。この本に収められている17の短編は、いずれも、ごく短いものですが、全てがヘビー級のパンチのような力強さを持っていて、最後まで読み終わる頃には完全にノックアウトされてしまいます。

 全ての物語の舞台は、ルルフォの故郷で、メキシコのハートランドとも言えるハリスコ州の南部地方、乾いた、熱い大地。時代はメキシコ革命直後の混乱期です。登場人物は何れも過酷な運命に逆らいながら自分達の生を全うしようとする無名の農民や兵士たち。そこには、絶望、死、エロス、暴力が荒々しく交じり合い、人間の根源的な問題に迫っています。翻訳した杉山晃さんがあとがきで書いているように神話的ですらあります。

 思うに、時代がどんなに変わろうが、テクノロジーがいくら進歩しようが、地球のどこに居ようが、人間の性や感情というのは変わらないのでしょう。だから大昔に書かれたギリシャ悲劇やシェークスピアが未だに上演され続けるわけです。ルルフォが描き出した、この世界の現代版は(舞台を農村から都会へと移した)映画の「アモーレス ペロス」や「シティ オブ ゴッド」なのでしょう。

 ルルフォは、結局、この作品と、やはりとんでもない傑作の長編「ペドロ パラモ」の二作を30代で書き上げた後、一遍の小説も書いていません。これだけのものを書いてしまうと次が書けなくなるのでしょう。「冷血」を書いたカポーティが、その後、全く書けなかったように。あとがきにもありますが、確かにこれらは作者にさえ沈黙をを強いるような強烈な作品なのです。読者にしてみても、これを読み終わった後は、ペラペラと気安く感想を述べる気にはなりません。ただ黙ってテキーラでも飲りたくなるだけです。

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