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2006年11月 5日 (日)

満月のトナーダ

奔流に逆らって飛ぶ紅の鷺  そんな風にお前の心は俺の心に恋をした。

満月が出ている。 月が欠けていく。

小僧、家からカービン銃を持って来い。 俺の雌鳥にちょっかいを出す、あの鷹の奴を仕留めてやる。

月が俺を見ている。しかし、俺の何処を見ているんだ。

俺はきれいな服を着ている。昨日の午後に洗った。

俺はきれいな服を着ている。昨日の午後に洗った。

満月が出ている。月が欠けていく。

1928年生まれのベネズエラの吟遊詩人シモン・ディアス作の名曲「満月のトナーダ」

トナーダとはベネズエラの平原地帯で生活している牧童たちが歌う民謡です。シモン・ディアスも牧童として生まれましたが、首都カラカスに出て来て音楽活動を始め、その傍ら、コメディアンやテレビやラジオのタレントとして(多分、現在も)活躍しているそうです。彼が作曲した"CABALLO VIEJO"(老いた馬)という曲は13ヶ国語で300人によってカバーされたという名曲です。(そのうち、最も有名なのが、ワールドミュージックの波に乗ってブレークしたジプシーキングスの出世作「バンボレオ」です。クレジットでは彼等の作品ということになっていましたが、、、)

 さて、この「満月のトナーダ」ですが、ブラジルの歌手カエターノ・ベローゾがラテンアメリカの名曲をカバーしたアルバム「粋な男」で歌い、それをスペインの映画監督ペドロ・アルモドバルが「私の秘密の花」という作品で使って有名になりました。

 「奔流に逆らう紅の鷺」のように恋をしたというのは、運命に逆らうような道を外れた恋ということでしょうか。そして、男の、その相手に応じてしまおうという危ない衝動に突き動かされる心を鷹に喩えて、それを銃で撃ち殺してしまおうと歌っているのでしょう。この場合、ちょっかいを出されている雌鳥に喩えられているのは平穏にいこうとする男の心です。二つの相反する心、月は全てを等しく照らしているはずなのに、動揺している男は、「月が自分を見ている」と感じてしまう。「俺はきれいな服を着ている。」と繰り返しているのは自分は疾しいことはしていないと過剰に反応しているのでしょう。「月が欠けていく。」というところで、時間の経過を表現して、それに伴う男の心の動きを感じさせる。限られた自然の描写で、いろいろなことを想像させる、優れた俳句の世界にも通じる詩です。

 この曲で印象に残っているのは、カエターノ・ベローゾの「粋な男」ツアーの来日公演です。古代アメリカの先住民達の暮らしぶりを描いたメキシコの偉大な画家ディエゴ・リベラの壁画をバックに行われたこのコンサートで、アンコールで出てきたカエターノが舞台の袖で、月の光のようなスポットライトに照らされてアカペラで歌ったのがこの曲でした。あれは素晴らしかったなあ。

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コメント

ネリー・ファタードとカエターノのコラボの曲、Island
Of Wonderのイントロが、カエターノのCD,Caetano Singsの「満月のトナーダ」のエンディングになっていることに気づき、「満月のトナーダ」が好きになりました。でも訳詞を読んでもこの詩の意味が分からず、恋の歌なのか、復讐の歌なのか、意味深長過ぎて頭の中を詩がグルグル回る。夜中にもこの詩が頭を離れず、DVD「粋な男」の中でアカペラで歌うカエターノの迫力と共に何か底知れない怖ささえ憶える始末。

森山さんの丁寧な解説に出会い、この歌の深い意味が分かりホッとしました。ホント、感激です。

ラテンの歌は激しい、ひたむき、純情、悲しい、切ないでもって多情で浮気で、詩が、表現が奥深い・・・
うーんとうなることしばしばです。

投稿: リアドラ | 2009年6月 3日 (水) 09時54分

私もこの歌、詩の意味がよくわからないなあと思いながらも
ひかれていました。
この解釈はまさにどんぴしゃり!な気がします。
たゆたうような、夢の中のような、不思議な歌ですね。

投稿: dowland | 2011年6月14日 (火) 00時44分

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