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2006年10月

2006年10月23日 (月)

palabrota,groseria(汚い言葉)

 昨日、メキシコのバンド、EL TRIのリーダー、ALEX LORAについて書いた時、彼の下品な言動のことに触れましたが、こういう英語で言うところの”four-letter word”を多用する傾向は,メキシコ以外でも一般的にスペイン語圏に多いように思われます。特に性的な部分を暗喩するようなものが多くて、これはスペイン語を学んだことがある人なら頷かれることがあるのではないでしょうか。

 実際、ぼくがスペインのグラナダで一月ほど語学学校に通ったとき、そこの先生の1人はそのことに触れて、ノーベル文学賞を受賞したスペインの高名な作家ホセ・カミロ・セラの著作にそんな下品な言葉を集めたものがある、などとちょっと自慢げに話していました。また、別の先生はいろんな国から来た生徒にそれぞれの国で使われている汚い言葉について聞いたりしていました。

 以前からこのことについては何故なのか考えていましたが、よく判りませんでしたが、最近、やっと自分なりの答えを見つけることが出来ました。それは、カトリック的な道徳感の強いスペイン語圏の国々では、子供の頃からお祈りをさせられたり教会で神父さんの話を聞かされたりして、とても神聖な言葉ばかり聞かされたり言わされたりしている、そのことに対しての反動ではないかと思うのです。というのは、日頃、神聖な言葉に触れているのに、実際の彼等が住む現代社会は聖書の世界からはかけ離れて混沌としていて理不尽なことも多い、だから、その理想と現実のバランスを取るためにそんな下品な言葉達が機能しているのではないかと思えるのです。逆に言えば、宗教観の強くない日本では、そんな言葉はあまり必要とされていないということでしょうか。

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2006年10月21日 (土)

アレックス・ローラ/ロックに取り憑かれた男

メキシコ・ドキュメンタリー映画祭も昨日で終わってしまいました。当初は4、5本観るつもりでしたが、結局、時間が取れずに3本だけしか観れませんでした。

 その中で一番、観て良かったなーと思えたのは、80年代から活躍している、メキシコの人気ロックバンド、エル トゥリ(EL TRI)のリーダー、アレックス・ローラ(ALEX LORA)を追ったものでした。同じメキシコのロックバンドでもカフェ タクーバやマナが割とインテリ層に人気があるのに対し、エル トゥリは圧倒的に社会の底辺にいる労働者階級から支持されていて、アレックスは彼等にとっての「良き兄貴」といった存在でしょうか。

 エル トゥリのスタイルは、難しいこと抜きのシンプルなロックンロールといった感じですが、歌詞は彼等の聴衆である労働者達の日常的な悩みを歌ったものであったり、彼等の不満や鬱積を代弁して腐敗した政府や役人をこき下ろしたものだったりして、その辺りが人気の秘密なんだろうと思います。あと、特徴的なのが、アレックスのシモネタ満載のお馬鹿なトークでしょうか。お上品な方々が聞いたら、思わず眉をひそめたくなるような下品さですが、こんなところも、実は、嫌なことばかりあるけれどクヨクヨしないで、笑い飛ばしてしまおうという彼なりのメッセージになっているのです。

 そんな、いつもはお下劣なジョークを連発している彼が、麻薬中毒の若者達が入れられている施設を訪問して、「人間、誰もがいずれ死ぬ運命なんだから、せっかく神様が与えてくれた生きられる時間を、自分や自分の周りの人達のために有効に使おうよ。」と語りかけるシーンでは、まるで聖者のように見えました。

 また、彼等がロサンゼルスでコンサートを行った時の映像では、観客の殆どがメキシコから出稼ぎに来ている人達でしたが、それを見て、スペインのバルセロナの闘牛場を連想してしまいました。知的なカタルーニャの人達は闘牛なんて野蛮なものには興味が無いので観に行ったりしないのですが、闘牛場は、南のアンダルシアから出稼ぎに来ている人達でいっぱいになるのです。

 家族のために、故郷を遠く離れて働いている人達を励まそうというアレックスの心意気にも感じ入ってしまいました。

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2006年10月16日 (月)

メキシコの魂を唄った男/ホセ・アルフレッド・ヒメネス」

 メキシコ・ドキュメンタリー映画祭にて「メキシコの魂を唄った男/ホセ・アルフレッド・ヒメネス」を観て来ました。あのメキシコの大衆歌謡ランチェラの王様の人柄や作品について、彼の家族や作家、音楽家などが語る、といった内容です。詩人として、或いは作曲家としての彼の偉大さについては、今更言われなくても充分承知していましたが、彼が音符は読めないどころか、楽器を一つも弾けなかったというのは知りませんでした。あの山のようにある名曲の数々は、鼻歌で作られていたそうです。なんていう天才なんでしょう!

 彼と共に恋と酒に溺れた破天荒な人生を送り、生き残った老チャベーラ・バルガスがべラクルースのホテルで彼の思い出を楽しそうに語る表情が味があって良かったなあ。「彼には80人も恋人がいたのよ、80人も!」と言って豪快に笑ってましたね。あのマッチョな歌詞の勇ましい唄"EL REY"(王様)が、実は彼の辞世の歌だったなんてのも初めて知りました。なんというかっこよさ!

 映画が終わって、立ち上がって後ろを向いたら、同じ恵比寿でお店をやっている、数少ない日本人のメキシコ歌謡の歌手サム・モレーノさんと目が合いました。「いやあ、良かったねえ。やっぱり凄いねえ。」サムさんもさすがに感動していましたね。

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2006年10月12日 (木)

EL DIA DE LA RAZA

 今日、10月12日は514年前にクリストファー・コロンバス(クリストバル・コロン)が、アメリカ大陸に到達した記念日です。メキシコでは、この日を”EL DIA DE LA RAZA”(民族の日)と呼びます。この歴史的な出来事からヨーロッパ人のアメリカ大陸への入植が始まって、先住民との混血が進み、現在のメキシコ、或いはメキシコ人が生まれたからです。

 アメリカ合衆国では、この日(正確には、連休にするため、この日の近くの月曜日)を「コロンブス・デイ)と呼んで祝日にしています。手許にあるカレンダーの付録を見てみると、アルゼンチンでは”SPANISH DAY”、ブラジルでは”HOLY MARIA DAY”と呼んで祝日になっていました。HOLY MARIA というのは、コロンブスが乗っていた船の名前(SANTA MARIA)です。

 ところが、メキシコでは、この日は記念日ではあるけれど、祝日にはなっていません。コロンブスに続いてやって来たスペイン人のコルテスによってアステカ帝国が征服され、多くの先住民が犠牲になった、という経緯があるからでしょう。もちろん、西洋人による先住民の虐殺はメキシコ以外のアメリカ大陸のどこでも行われました。その結果、アメリカ合衆国に於いては、先住民はとても影が薄い存在になっていますし、キューバやプエルトリコなど、カリブの島では、ほぼ絶滅状態になっています。合衆国やアルゼンチンがこの日を無邪気に祝えるのは、ヨーロッパから来た”よそ者”が人口の大半を占めるからでしょう。その点、メキシコでは、50以上あると言われる先住民の文化がまだ健在で(政治的、経済的立場は弱いにしても)人口の大半が、ヨーロッパ人と先住民の混血なので、この日に対しては複雑な思いがあるのでしょう。

 

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2006年10月11日 (水)

死者の日のパン

Rimg0061  いつの間にか、ハロウイーンが日本にも(少なくともぼくが生活している東京の渋谷区近辺では)定着したようで、いろいろなお店の軒先で、オレンジ色のカボチャを見るようになった今日この頃、対抗して、メキシコで11月2日の「死者の日」の前のこの時期にあちこちで飾られているパンを作ってみました。

普通のパンより卵と砂糖が多めに入っていて、おやつ感覚で食べられるパンですが、このパンが「死者の日のパン」と呼ばれる所以は、周りに骨をかたどった両端が膨らんだ棒状の飾りが付いていることです。

 今回、偶然にもその骨の部分が、やけに力強く出来てしまいました。そして、このパンをしげしげと見つめていると、今年の夏に一般公開されていた、故岡本太郎画伯がメキシコで製作した巨大壁画「明日の神話」を思い出してしまいました。原爆の爆発をテーマにしたこの作品で、凄まじい爆風で吹き飛ばされる人間の骨が表現されていたと思いますが、その恐ろしい暴力にも負けない人間の尊厳を描いた、この作品のインスピレーションを岡本太郎さんはメキシコの「死者の日」の祭りから得ていたのではないか、という妄想が生まれてきたのです。肉体は死しても魂は死なないという、メキシコ先住民の死生観が、彼に影響を与えていたのではないかという推察もまんざらハズレでも無い気がします。

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2006年10月 9日 (月)

トゥクマンの月

 夜は物を想う時間だからだろうか。月を題材にした歌がラテン音楽にはたくさんある。

 その中で極め付きの名曲と言えば、アルゼンチンのフォルクローレの巨匠,アタウアルパ・ユパンキの「トゥクマンの月」。ユパンキの曲は皆そうだが、余計な伴奏は一切無く、この曲も彼のギターと低い歌声のみ。アンデスの大地を、夜、旅することが多かった吟遊詩人であった彼には、月はかけがえの無い友であった。だから歌う。「ただ照らしてくれているから、お前に歌うんじゃない、月よ、お前は私の長い道のりを知ってくれているから歌うんだ。」大地に沈む月がユパンキにはこう見えた。「希望に満ちてだったか、悲しみに打ちひしがれてだったか、アチェラルの野を行った時、とうきび畑に口づけしている優しい月を見た。」そして月に自分の運命を重ねる。「お前と私はどこか似ている。月よ、お前はその光で人を照らす。私は私の歌で人の心を照らす。」

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2006年10月 6日 (金)

チャベーラ・バルガス

 一昨日書いたリラ・ダウンズと共に映画「フリーダ」に出て歌っていた大ベテラン女性歌手、チャベーラ・バルガスが長いブランクの後、70才代にして94年にスペインで復活して出したアルバム”VOLVER VOLVER"を久々に聴いてみて、その凄さに圧倒された。多彩なアレンジと声のトーンで聴かせるリラのがカラフルな水彩画だとしたら、伴奏はギターのみで声は低いしわがれ声だけのチャベーラは、さしずめ水墨画か。一見(1聴)とても地味だが、よーく見ると(聴くと)そのモノトーンの世界の中に実にさまざまな色が潜んでいて、とても奥深い世界に連れて行ってくれる。まさに傑作!

 チャベーラ・バルガスは1919年頃、中米のコスタリカ(グアテマラという説もあった)生まれ、17才頃、メキシコシティに出てきて、あのフリーダ・カーロと親交を持ち、彼女の「青い家」に住んでいたこともあるという。破天荒な生活もフリーダ並みだったらしい。50年代頃から歌手として人気が出て、唯一無二の個性で数々の名昌を残すもテキーラの飲み過ぎで体を壊し、80年頃から長期の療養生活を余儀なくされる。

 そして、94年にスペインで復活して出したのが、この"VOLVER VOLVER"だったわけです。その後、彼女を賞賛する映画監督ペドロ・アルモドバルがサントラ盤に彼女を起用したり、ホアキン・サビーナやアナ・ベレンといったスペインのスター歌手が彼女とデュエットを録音したりして、再び人気に火が付き、映画「フリーダ」にも出演となったわけです。ぼくの大好きなメキシコのロックバンド、カフェ タクーバも彼女に捧げる歌を作っています。

 表題曲の"VOLVER VOLVER"やホセ・アルフレッド・ヒメネスの"EN EL ULTIMO TRAGO"といった名曲の他に、リラ・ダウンズの新作に入っていた、やはりヒメネスの曲"LA NOCHE DE MI MAL"もチャベーラのこのアルバムに入ってますが、凄い迫力と渋さです。リラじゃなくても裸足で逃げ出したくなるんじゃないかというくらいの。ところで、リラのアルバムの歌詞カードで、この曲のとんでもない誤訳を発見!恋人に去られた男(女)の悲しい独白のような歌ですが、”Si yo te hubiera dicho "no medejes",mi propio corazon se iba a reir.”(もし私があなたに行かないでと言っていたら、私のこの心が(私自身を)笑っていただろう)のところの最後のキメの部分の英語訳が”My own heart would have died”になっていました。「死んでいただろう」じゃないでしょう!ここを間違ったらせっかくのヒメネスさんのラテンの美学が生きないんですよ!

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2006年10月 5日 (木)

モレを作る歌

メキシコの女性シンガー、リラ・ダウンズの最新作"CANTINA"(酒場)の一曲目に"LA CUMBIA DEL MOLE"(モレのクンビア)という曲が入っていました。モレは、あのメキシコを代表する料理のこと。クンビアは、コロンビア発祥だけどメキシコでとても人気のあるミドルテンポの踊れるリズム。聴いてみると「オアハカではコーヒーと一緒にメスカル(地酒)を飲むんだって、ハーブが悪い運を追っ払ってくれるんだって、私はソレダが作ってくれるモレが好きなの。」と始まって、「ピーナッツをすり潰して、パンをすり潰して、アーモンド、唐辛子、シナモンにチョコラテ、、、」とモレを作る行程(といっても色んな材料をひたすらすり潰している、といった内容ですが、、、ちなみにスペイン語ですり潰すことを"molir"と言いますが、これは元来メキシコの先住民の言葉ですり潰されて出来たソースの意味の「モレ」から由来しているそうです。)が歌になっています。ちなみに、「ソレダ」というのは「孤独」を意味する言葉ですが、女の人の名前にもなります。そしてここで歌われているオアハカの守護神の名前でもあります。今日、お店でモレを作りながら聴いていると妙にはまってしまいました。料理の作り方を歌にしたのは、ブラジルのバイーア地方の長老ドリバル・カイミの作った歌でバイーアの黒人の郷土料理”バタパー”を題にした名曲がありましたが、それに匹敵する良い出来かも知れません。

リラ・ダウンズはアメリカ人の大学教授の父とメキシコはオアハカ地方のミステカ族のインディヘナの母を持つ人で、これまで、メキシコの古典的な曲を現代的な感覚でアプローチしたり、社会的なメッセージを持つオリジナル曲を発表しています。歌唱力があって、バックの演奏も良いです。よく、店で彼女の音楽をかけているのですが、特に音楽に造詣の深いお客さんから「これ、いいね、誰が歌っているの?」と聞かれることが多いです。ただ、チャベーラ・バルガスやアナ・ガブリエルなどの泥臭い音楽が好きなぼくには、彼女はちょっと才気走り過ぎている感じがして、今ひとつのめり込めなかった、と言うのが正直なところです。

 でも、今回のアルバムは、あのランチェラの大御所ホセ・アルフレッド・ヒメネスの曲が4曲入っているのをはじめ、まさにメキシコの大衆酒場を思い出させるような土臭い雰囲気が漂っていてかなり好きですね。ゲスト参加しているテックスメックス音楽の重鎮フラーコ・ヒメネスのアコーディオンもいい味だしてます。

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