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2006年9月11日 (月)

夜になる前に

前回、「昨日の旅」について書いた時に、イデオロギーのことに触れましたが、ちょっと前に読んだキューバの作家、レイナルド・アレナスの自伝、「夜になる前に」はそのことについて深く考えさせられる作品でした。

 レイナルド・アレナスは、1943年、キューバ東部の小さな村に生まれ、20才の時に書いた処女作「夜明け前のセレスティーノ」が国内の小説コンテストで2位となり注目されるも、その同性愛者ゆえの奔放な性と自由への願望が「反革命的」であると問題視され、以後の作品は国内では発表の機会を与えられないまま、常に体制の監視下に置かれる。 そんな中、友人に頼んで国外に持ち出してもらった第二作「めくるめく世界」がフランスにて最も優れた外国語小説に与えられるメディシス賞をガルシア・マルケスの「百年の孤独」と同時に受賞する。しかし、国内では相変わらず迫害され、悪名高いモロ砦の刑務所に投獄される。80年、マリエル港よりマイアミに亡命、以後ニューヨークに移住して執筆活動を続けるも、エイズに侵され苦闘の末、90年に自殺しています。

 この自伝を読んで感じるのは、アレナスの生に対するものすごいエネルギーです。革命政府のもとで同性愛者は徹底的に迫害されるのですが、それが故に燃え上がるというか、とても奔放に性愛を追い求めているんですね。そして、その表現が暗くなっていない。光り輝くキューバの海のように、あくまで明るく伸びやかに書いてある。まさにそういうところが、政府から「危険分子」とみなされた原因なのでしょうが。書きかけの原稿が、何度も当局によって処分されても、負けないで何度でも書き直したりと創作に対する意欲もすごい。

 また、カストロ政権に対して容赦ない批判を加えているのも、キューバ革命のロマンに憧れを感じていた者にはショックでした。批判の矛先は親左翼の文学者、ガルシア・マルケス、アレホ・カルペンティエール、エドゥアルド・ガレアーノなどにも向けられています。これも彼らの作品を愛読していた者には耳が痛い。しかし、彼の歩んだ壮絶な人生を思えば、こんな攻撃的な姿勢も理解出来る、というか認めざるを得ません。

 ぼくが初めて彼の作品に触れたのは、二作目の「めくるめく世界」でした。これは、18世紀、メキシコ生まれの異端の神父、セルバンド師が新旧大陸を股にかけて繰り広げる奇想天外な物語ですが、ベラクルースの悪名高いサンファンデウルア刑務所に入れられたりと、常に抑圧されながらも、その想像力とユーモアを駆使して大活躍する主人公の姿は、実際のレイナスの人生に重なる部分が、かなりあります。しかし、驚くべきことに彼はこの小説を20才そこそこの時にキューバから一歩も出ないで書いている、ということです。後にモロ要塞の刑務所に入れられたアレナスが、「まるで自分が書いた小説のようだ」という場面がありますが、まさに自分の未来をも予見するような、ものすごい想像力だと思います。

この彼の資質の源は、幼い頃に過ごしたキューバ東部の村の豊穣な自然と祖母から聞かされたお伽話にあると自身が告白していますが、ここで思い出してしまうのが、コロンビアのカリブ海沿岸から少し内陸の小さな村で生まれ育ったガルシア・マルケスです。彼も幼い頃の自然環境や祖母から聞かされた話が創作の原点と言っているのです。つまり、彼ら二人は、全く似たような境遇からスタートして類稀な才能を持っていたという共通項がありながら、レイナスは左翼政権に抑圧されて不遇な作家人生を送り、マルケスは右翼政権に反発して左翼のカストロの親友になり,ノーベル文学賞を受賞して世界的に評価される栄誉を得ています。グアテマラの自作自演の歌手、リカルド・アルホーナの歌に「もし、北が南だったら、カストロはウオール街で株の取引をして、ゲバラはハンバーガーを作っていたかもしれない。」というのがありますが、もし、アレナスとマルケスが反対の場所に生まれていたらどうなっていたかと想像してしまいます。

 アレナスと交流が深く、キューバからのボートピープルの話をドキュメンタリー映画に撮った、スペインはバルセロナ生まれ、キューバのハバナ育ちの映画監督、ネストール・アルメンドロスによると、この自伝は病魔に侵されてタイプが打てなかったアレナスに替わって、マルケスの秘書をしていた人物が原稿を仕上げたらしい。フランスでの同時受賞といい、この二人には因果関係が付きまとっていて、運命の皮肉を感じずにはいられません。

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